初恋タルト
トレイは1人の寮生のことが気になっていた
何でもない日のパーティの際、大体のパイやタルトはトレイが焼いている
毎回そのパイやタルトが余ることは無いし、なんなら皆奪い合うように食べてくれる
甘いものが苦手なケイトでさえ、1切れ2切れ平らげる
その中で、ハルトは全くそれらに手をつけない。甘いものが苦手なのかとも思ったが、紅茶には砂糖とジャムを多すぎるほど入れている
何となく気になってパーティの度に目をやってしまうようになり、観察するうちに気がついた
ハルトはどうやら、手作りの料理に手をつけないのだと。
いわゆる既製品のクッキーなんかは多少口に運ぶが、トレイや寮生が作ったものを避けているのだ
トレイは別に自身のスイーツを食べないからと言って腹を立てるようなことは無かったが、どうにもハルトがパーティの度に退屈そうに既製品のみを食べるのが気になって仕方が無くなっていた
ある何でもない日のパーティの際、トレイは行動を起こしてみた
「ハルト、1年だからって遠慮しなくていいんだぞ?」
とタルトを1切れ皿に乗せ、ハルトに差し出す
ハルトは少し驚いてトレイを見上げる
「副寮長」
「お前、全然食わないじゃないか。」
甘くないやつも焼いてやろうか?とトレイは尋ねる。
「あー、いや、その…」
ハルトは差し出されたタルトとトレイを交互に見て、下げてもらえそうにない皿を受け取り、観念したようにため息を吐いた
わざとらしく両手を上げて、降参のポーズをとる
「俺が副寮長お手製のスイーツに手を付けないの、わかってて言ってますよね…」
「まぁな。」
さらっと言ったトレイにハルトは苦笑いして、舌を出し指さす
「俺、味がわかんないんっす。昔から味覚がなくって」
手作りのもんって、上手いこと感想言わなきゃいけないでしょ
「味がしないのに、相手の気を害さないように上手いこと言わなきゃいけないのが億劫で食わないんです」
トレイは予想外の答えに正直驚いた。
「味が分からないのか」
「はい。」
どおりで紅茶に山程の砂糖を入れて平然と飲んでいるわけだ。
「俺にとっちゃ、石を食っても粘土を食っても料理を食っても一緒なんです。匂いもあんましないし…。噛みやすいか、飲み込みやすいか、そんだけのもんで…味の濃い薄いとか腐ったもんとかも判断できなくって、昔はよく腹を下しましたよ」
正直、食いもんかそうでないかの見分けもつかないレベルです。そう笑う
ハルトは、トレイに渡された皿の上のタルトをじっと見て
「そんな俺に食わしたって、もったいないだけでしょ。」
と呟くように、独り言のように付け足した。
トレイはマジカルペンを取り出し
「ドゥードゥル・スート」
とユニーク魔法を唱え、ハルトの額をコツンと叩く
「いたっ」
「まぁ、俺はそーゆーのは気にしないから、食ってみろよ。感想も別に言わなくていい」
「ん、なら、いただきます」
トレイはタルトを口に運ぶハルトをみて、ニヤリと笑う
パクッとタルトを口に入れ、ハルトは目を見開く
「ぶはっ」
「うわ、汚ねっ!何すんだハルト」
ハルトは齧ったタルトを勢い良く吐き出した。たまたま、近くを通りかかったエースが飛び退く
「ははは、すまん。俺のせいだ!まさか、そうなるとはな!」
トレイは腹を抱えて笑っていた
文句を言うエースも笑うトレイの声も聞こえてないらしいハルトは、恐る恐るタルトを少し齧り、口に含む
「なんか、その、これ」
ハルトは未知の感覚を味わっていた。舌に広がる、よく分からない刺激。不快ではない。どこか満たされるような、落ち着くような、でも少し興奮するような妙な感覚
「美味しいって、言ったらいいのか?」
「はぁ?トレイ先輩のタルトは美味いだろ。」
事情を知らないエースがそう言って、何言ってんだとばかりにハルトを見る
「そうか。うまいんだな。」
ハルトはそう呟いて、堰を切ったように貪るようにタルトに齧り付く。
「なんなんだ?」
不思議そうなエースに、トレイは
「エース、新しいタルトを持ってきてやってくれないか?」
と笑って頼んだ
トレイはユニーク魔法でハルトの味覚を上書きした。
ハルトははじめて「味」を感じ「美味しい」を理解した
食っても食っても腹が減るような、食事が楽しいと思えるような…
こんなに積極的に何かを食べたいと思ったのは初めてで、ハルトは戸惑いつつ手が止まらずトレイのタルトをパクパクと食べていく
「ゆっくり食えよ。」
トレイはハルトの頭をポンポンと撫でて笑う
「そんな急いで食わなくても、またいつでも作ってやるし、魔法もかけてやるからな。」
☆☆☆
後日、めっちゃ懐いた
「副寮長ー、俺、マロンタルト食べてみたい」
「また手間のかかるやつを…仕方ないな、手伝えよハルト」
「やったー!」
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