毒も皿も食い尽くして
ハルトはスプーンを手に取り、少量掬って食事を口に運ぶ
ゆっくりと咀嚼し、舌の上でしっかり味わってから嚥下する。
その様子をじっと見ていたカリムはニカッと笑う
「お前はホントに美味そうに食うな」
「ほうか?」
次のひと口を入れながらハルトが聞き返すと、ジャミルは
「行儀が悪いぞ、ハルト」
と静かに窘めた
「すまんすまん。でもまぁ、実際、美味いしな!」
カリムはぐーぐーと空腹を訴える腹を抑えて、後ろに控える従者に
「俺も早く食いたい…いいだろジャミル」
と、お伺いを立てたが
「毒味が終わってからだ」
と、キッパリ切り捨てられ肩を落とす
ハルトはケラケラ笑って、主の前でまたひと口、食を進める
「そうそう、万が一があったら大変だからね」
「お前が食ってるのを見ると、本当に腹が減って困るぜ」
「まあまぁ…もうこれで最後だし…うまっ!味もバッチリだよ!」
ハルトはスプーンを置いた
カリムは待ってましたとハルトが置いたスプーンを掴み
「じゃあ、いただきまーす!」
と元気よく言って、大きく口を開けて食べ始める
ハルトは安心して食事に手をつけるカリムを見つめ、幸せそうに目を細める
「俺は、お前の方が美味そうに食べると思うよ」
ジャミルはそんなハルトを見つめ
「……。」
何も言わなかった
ハルトはカリムの毒味役をしている
大人にとって致死性がない毒でも、子供が食えば死ぬ場合もある。そういった自体に備え、カリムと同じ歳の毒味役として育てられてきた。
カリムの代わりに何度も毒を口にした。
腹を下し、吐物にまみれ、熱に魘され、痛みにもがき、苦しみ、幻覚を見て、自傷して、血反吐を吐き…それでもハルトは何とか、今日まで生きている
「ホントは、お前の作った飯を食うのも怖いよ」
ハルトは、ジャミルにそう零したことがある
「欲を言うなら、何も気にせず飯を食ってみたいもんだ。」
匙を指先で弾いて、ハルトはそう笑った
「お前は、カリムを恨まないのか?」
「なんで?」
「あいつがいなけりゃ、お前が毒味をする必要はないだろ?」
「…あいつがいなけりゃ、俺は生まれてすらいないさ」
ハルトは舌を出して、匙を舐める
「これ、神経毒だな。」
食器まで毒味しなきゃならんとはなぁ。とハルトは、面倒くさそうに唾を吐いた
「今じゃすぐに気がつくし、そこまでマヌケに苦しむことはなくなったが…やっぱり万が一を思うと」
食うのがホントにこわいよ。
ハルトは独り言のように、そう呟いた
「ハルト、お前も食えよ!」
「あぁ、カリム…俺は、お前が美味そうに食ってるのを見るだけで腹が膨れるよ」
ハルトはニッコリ笑って、幸せそうに笑ってカリムを見つめる
「お前が笑顔で飯を食える。お前が美味そうに食ってる様子を見ることが出来る。それが俺にとってどれ程幸運なことか。なぁ、カリム」
ジャミルはハルトを見つめて、ふー…と長く息を吐いた
☆☆☆
俺が血反吐を吐いて死んだなら、お前は一生後悔するだろう
俺は、何があっても生き延びて、お前が幸せそうに飯を食ってるのを見てたいよ
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[mokuji]
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