同族のよしみ

「どうしよう…どうしよう…」

ハルトは物陰に身を隠しながら震える。

ハルトが自身の異変に気が付いたのは数分前、次の授業の為移動している時だった

妙な動悸がし、足がぐらつく

「どうした?ハルト」

「あぁ、いや、忘れ物したからとってくるわ」

声をかけたクラスメイトに「遅れるなよ」と見送られ、笑顔で別れたあと来た道を慌てて引き返す

とりあえず誰もいない階段下の所まで移動したはいいのだが、そこから動けなくなってしまったのだ

ハルトは這いずって身体を隠し、パニックになりそうな頭で考えを巡らす

とりあえず、授業が始まれば人は捌ける。あとは人目を避けて寮の自室まで戻って薬を飲めばいいだけだ。しかし、どうやって自室まで戻る?

ハルトは無意識に触腕を口に持ってきて噛む

「あー、面白いもんみっけ!」

不意に頭上から声がした。顔を上げると、何かと怖い噂が絶えない生徒…フロイドがハルトを見下ろしていた

「アズールかと思ったー。ジェイドー、見て見てー」

「おや、珍しい。」

フロイドに呼ばれて、同じ顔をした長身の男が並ぶ。2人に見下ろされ、ただでさえ丸めていた身を更に縮こませてハルトは怯える

「タコじゃん。かわいー。こんな所でどうしたの?」

「みたところ、お困りの様ですが」

どこか不自然なほど優しく声をかけられ、ニッコリと笑いかけられる

フロイドが言った通り、ハルトはタコの人魚だった。下半身が八本の触腕になっている

1年生で入学したばかりのハルトではあるが、ジェイドとフロイドの良くない噂は聞いていた。先輩達からも、彼らには危険だから不用意に近付くなと教えられている。

そんな2人が揃って自分の目の前にいる。しかも、正体を見られた。きっと、これを弱味に何か脅されたり要求されたりするのだ

それだけならまだ運がいいのかもしれない。暴力的な噂も多く聞く。バラされたりしないだろうか…

「ねぇ、聞いてんの?」

フロイドがハルトの前にかがみ込んで顔を覗き込む。

「こ、こ…」

「こ?」

緊張のピークに達したらしいハルトは、ボロボロと涙を零し始めた

「こ、殺さないで!食べないでー!!」

「えぇー?!なんなのいきなり!?」

「おやおや、怖がらせてしまったようですね」

八本の触腕を絡ませて球体のようになって泣き出したハルトの様子にフロイドはドン引きし、ジェイドはくすくす笑う

「食べねぇし!ほら、足噛まねーの…ほんとアズールみたい」

「うぅ…ぐす…だって、人間は人魚見つけたら殺して食べるんでしょ?」

「僕達は人間はではありませんし、人魚を食べようとは思いません」

「そーそー。俺らそんな物騒なことしねぇし。」

タコは好物だし、正直ハルトは美味しそうだは思ったが、双子は口にしなかった。これ以上泣かれるとうるさい。

タコがガジガジと触腕を噛むのを止めながら2人がかりで宥める。

「すぐに助けてさしあげたいところですが、生憎薬を持ち合わせてませんね」

「アズールのとこ行こー。タコちゃん、陸じゃ上手く歩けないでしょ。連れてってあげるー」

今日のフロイドは機嫌が良いらしい。もしくは(ハルトは気が付いてないが)同族のよしみと言うやつかもしれない

絡んだ触腕を解いて、グズっているタコを持ち上げる。

「重っ!ジェイド半分持って」

「タコは大半が筋肉ですからね。アズールよりは小柄なようですが、結構ありますね」

双子は2人で並んでタコを抱えて歩きだした



「で、連れてきたと」

アズールは机の下を覗き込む。オクタヴィネル寮に連れてきて下ろした途端、ハルトは机の下に入り込んで出て来なくなってしまったのだ

「なんか、アズールみたいでほっとけなくてさぁ。泣き虫なとこもそっくりだし」

「うるさいですよフロイド。しかし、ここまで怯えるなんて、お前たち何をしたんです?」

「いえ、何も。ただ、『人間は人魚を殺して食べる』と教えられてきたようでして。」

僕達のことも人間だと思ってるようですよ。とジェイドは、笑う。ガタガタ震えているハルトをみて、反応を楽しんでいるようだ

「はぁ…なら、お前達が元の姿を見せてやれば落ち着くのでは?」

「えー?めんどくさーい。てか、俺達よりアズールが戻った方が安心するでしょ」

「まぁまぁ。3人とも戻ればいいじゃないですか。ほら、出てきて下さい。」

ジェイドがひょいと机を持ち上げると、ハルトはピャっと鳴いた

次の机に隠れる前に首根っこを捕まえ、フロイドは笑う

「やっぱ重っ。…タコちゃんも一緒に泳ごうね」

ハルトはフロイドにぎゅっとしがみついて触腕をまた噛もうとする

「こらこら、いけませんよ」

ジェイドは眉を寄せて笑って、触腕と手を繋ぐように握る

ハルトはちょっと驚いたようだが、少し身体の力を抜いたように見えた

アズールはその様子を見つめてふぅと息を吐く。世話のやけるタコだ

歩くことしばし、モストロラウンジの水槽の裏に4人は来た。

フロイドはタコを水槽にポイッと投げて、自分の服もポイポイ投げ捨てる

いきなり水中に放り込まれたハルトはぎゅっと目をつぶっていた。

シャラシャラシャラと泡が立ちのぼる音がする。

ドボンと質量のある何かが水中に落ちてくる音がして目を開ける

「ばぁ!」

最初に目に入ったのは、フロイドのドアップだった

「に、人魚…」

「そう。うつぼでぇす。」

「言ったでしょう?人間ではないと」

驚くハルトの周りを長い身体で泳ぎまわってジェイドとフロイドはケラケラ笑う

「あ、タコ…」

アズールをみて、ハルトはもっと驚いたようだった

「僕も、自分と家族以外のタコの人魚を見たのは初めてです。」

ハルトはしばらくぱちぱちと目を瞬かせていたが、やっと安心したように笑った



「どうぞ、変身薬です」

アズールから小瓶を渡され、ハルトは少し困ったような顔をした

他の3人は既に人間の姿になっている。

「どうしました?飲まないんですか?」

「あの、寮長から、オクタヴィネルの人からものを貰っちゃダメだって言われてて」

ブフッとジェイドが噴き出し、フロイドは隠さず腹を抱えて笑った

「アズール信用ねーじゃん!!」

アズールは少しイラついた様に表情を曇らせる

「うるさいですよ!そうですね、タダであげる訳にはいきません。」

ですので、とアズールはメガネを持ち上げる

「モストロラウンジでのバイトをしてもらいましょう。給料は出しますし、定期的に変身薬も差し上げます。たまになら泳ぎに来てもいいですよ。あぁ、あなたの正体のことも誰にも言いません。」

いかがです?と、アズールは不安そうに見上げいたハルトに尋ねる

「ほ、ホントにバイトするだけで、それだけして貰えるんですか?」

「しっかり働いては貰いますけどね」

「は、働きます!ありがとうございます!」

ハルトは、安心したようにふにゃっと笑った



☆☆☆
「タコちゃんかわいー。アズール、俺飼ってもいい?」
「僕もお世話しますね」
「お前たちはつまみ食いしそうなのでダメです。」
「ぴゃっ?!」



☆☆☆
同族に優しいといいよねってだけの話。
タコちゃんは東の方の国出身



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