泣き虫けむし

アテンション
3章後



「今日でポイントカード貯まったよー小エビちゃん」

「おや。おめでとうございます。アズールに何を相談しますか?」

双子から渡されたスタンプの埋まったカードを手に取り、監督生はにっこりと笑う

「それはですね…」



「ここ、違いますよ」

トントンと指されたところを確認する。何が違うのかと首を傾げると、目の前の男…アズールは問題文の方へ指をやる

「ほら、ここをよく読んでください。この前やったでしょう?」

「えぇ?どこですか…」

ここはモストロラウンジの一室、VIPルームだ

アズールは帳簿を確認しながらたまに手を止め、隣で頭を捻る監督生の様子を見ている

スタンプカードと引き換えに監督生が求めたのは…

「全く、この僕に勉強を教えられるのですから、次のテストでは必ず良い点を採ってもらいますからね」

「…がんばります」

アズールに勉強を教えてもらうことだった。

「うわ、懐かし…これミドルスクールの教科書じゃん。」

飲み物を運んできたフロイドが監督生の手元を覗き込んでそう言うと、小柄な生徒は少し困った顔で笑う

「アズール先輩が持ってきてくれたんです。」

「いきなりガレッジの勉強を教えるのは少しハードルが高いので、基礎から学んで頂こうと思いましてね」

監督生はこことは違う異世界から来たため、子供の頃から当たり前のように身に付くはずの常識がない

基礎がない監督生にとっては1年生の授業も訳がわからず、ついていけないのだ

「監督生さん、ここ違いますよ」

「えぇ…」

軽食を持ったジェイドも後ろから覗き込み、ペンでスッと線を引くように指す

「あ、小エビちゃん、ここもー。ほら、引っ掛け」

「うう…まだまだ分からないことばかりです…」

3人から解いたばかりの問題を指摘され、監督生は肩身が狭い思いだった。

「全く、稚魚からやり直した方が早いのではないですかね」

アズールはわざとらしく肩を竦めてそう笑った

監督生も笑って

「小エビちゃん、泣いてんの?」

「え?」

監督生は笑っておらず、涙をポロポロと流していた。フロイドに尋ねられ、本人が1番驚いた様子で涙を拭う

「あれ、なんで泣いてるの?」

「アズールが監督生さんに酷いことを言うから…大丈夫ですか?」

「あーあ、アズールが小エビちゃん泣かせたぁ…ねぇ、どうしたの?小エビちゃん」

アズールは双子に責められ、言葉に詰まる。困惑した表情で双子に囲まれ、頭を撫でられている監督生の目からはポロポロと涙が零れ続けている

アズールは焦った。別に本気で貶そうとした訳ではないのだ。全く知識はないわりに問題は解けている方だと思うし、努力しているし覚えも早い

ただ少し、以前オーバーブロットした際に世話になったので色々思うところはあったし、ちょっとからかってやるだけのつもりだったのだ

「小エビちゃん、泣き止んでよ。ほら前俺の背中に乗りたいって言ってたじゃん?今から水槽で泳ご?ね?」

「前回の水中呼吸の薬の余りがあったはずですよ。どうしますか?」

「…のります」

「よし、行こー」

言葉をかけあぐねている間に、フロイドは監督生を連れて部屋を出ていってしまった



監督生は別に泣きたいほど傷ついた訳ではなかった。

普段からアズールはちょっと人を食った様な話し方をする方だし、ナイトレイブンカレッジの生徒たちは一癖も二癖もある人ばかりで口が悪い

毎日奇人変人と付き合っているのだ、今更一言言われたくらいで傷つく程監督性もヤワではない

しかし、今日はどうも虫の居所が悪かった

朝起きたらベッドから転げ落ち、制服のボタンが取れ、ボタンをつけていたら朝食を食べ損ねたし、昼は目の前で最後のデラックスメンチカツサンドがとられ、知らない生徒にケチャップをつけられ、錬金術で鍋が爆発し、居残りさせられることとなった

散々我慢していたところでアズールに…好きな人にからかわれ、無意識に我慢の限界を超えてしまったのだ

ウツボの姿に戻ったフロイドに跨り、水槽内を泳ぎまくる監督生をアズールは見つめる。

監督生はスピードについていけず振り落とされたり吹き飛ばされてきゃあきゃあはしゃいでいた。フロイドが何度も監督生を拾い上げ、背中に乗せ直してやっている

「アズール、監督生さんの機嫌は治ったようですよ?」

「それはよかったです」

「おやおや」

アズールの脳裏には、先程の監督生の様子が焼き付いて仕方なかった。その姿が、人魚たちにバカにされ泣いていた自分と重なる

泣かせたかったわけではないのだ。馬鹿にしたかったわけでも、努力を嘲笑いたかったわけでも…

「そろそろフロイドが飽きる頃でしょう。戻ってきたら2人でゆっくりお話してください」

ジェイドは口元に手を当ててくすくすと笑う。勉強を教えて欲しいと頼まれたからとて、誰に対してもここまで丁寧に付き合ってはやらないだろう

無自覚だったようだが、今回の件はいいキッカケになったかもしれない。

「監督生さんはいい子ですよね」

なにか含んだ言い方をしたジェイドを、アズールは睨みつけふんと鼻を鳴らす

「そんなことはわかってます。」

「おやおや」

ジェイドの予想通りフロイドは急に引き返してきた。そして監督生を陸地に放り出す

「ふげっ」

「飽きた。」

疲れたし、もう今日は寝る。おやすみ小エビちゃん。と言い残し、フロイドはザボンと水槽の中へ潜って行った

「では、ボクも失礼します。おやすみなさい、2人とも」

コツコツと靴の音を残し、ジェイドも去っていく

急に姿を消した双子に、監督生はぽかんとした表情で座り込んだまま動かず、アズールははぁ…とため息を吐いた。

水槽の濾過装置の音だけが響くことしばし

「あの」

先に口を開いたのは監督生だった

「さっきはごめんなさい」

「いえ、もう落ち着きましたか?」

「今のでだいぶスッキリしました!自分でもなんで泣いたのかわからないんですけど、今日はちょっと色々あったので疲れてたみたいで…」

「そうですか。僕も少し言い過ぎました、すみません」

アズールは海水でびしょ濡れになっている監督生に自身の上着をかけてやる

「監督生さん。あなたを泣かせてしまったお詫びに、1つ願いを叶えて差し上げましょう。僕にできることなら何でも構いません。」

「何でも、ですか?」

「ええ。なんでも、です。」

監督生は上着を引き寄せて、アズールを見上げる

「じゃあ、…デートしてください 」

「デート?」

「アズール先輩、デート知らないんですか?」

監督生がくすくすと笑うと、アズールは少しムッとする

「そんなわけないでしょう…つまりあなたは、恋人のように2人きりで僕と出掛けたいということですか?」

「はい。」

ダメですか?と窺うように見上げてくる監督生に、アズールはメガネを持ち上げてふっと笑う

「1回きりでよろしいのですか?例えば『付き合ってください』と言われればそれに従いますが…」

「!!!」

監督生はボンッと音がしそうなほど一気に赤面した

いかがです?と改めて尋ねられ

「つ、付き合ってくれるんですか?」

と監督生が言うと、アズールはにっこりと笑って座ったままの監督生の手を引き立ち上がらせる

「もちろん、喜んで」

次は泣かせません。とアズールは監督生をギュッと抱きしめた





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