眠れ哀れな人の子よ

今日の錬金術の授業は2人1組らしい。

マレウスは1番隅の鍋の前で腕を組んで立っていた

彼が別に何をしたという訳では無いのだが、妖精族の末裔であり、茨の国を治める時期王であり、世界中で五本の指に入るほどの実力者である為か、マレウスは他人から距離を置かれている

本人もさほど(まったくでは無いが)気にしていない。

2人1組の授業でも、相手となる生徒がおらず(いても怯えて動かなくなる為)1人で黙々と作業していることが多いのだが、今日は珍しく自身の隣によろよろと生徒が近付いてきた

他の生徒たちから少し遅れてきた為、マレウスしかペアが空いていなかったようだ。

というよりも、この生徒は隣に立っているのが誰かも気が付いていないようだ

何故か憔悴しきった顔で立っているのもやっとの様子で、今にも目の前の鍋に頭から突っ込んでしまいそうになっている

マレウスはマジマジとその生徒を見下ろす。

「呪われてるな。」

マレウスがボソッと言うと、ビクッと肩を揺らし恐る恐る隣を見上げた。今はじめて、マレウスの存在に気がついたらしい

マレウスはじっと怯える目を見つめ返し、静かに口を開く

「名前は」

「ハルト、です」

ハルトは怯えた目でマレウスを見つめる。何か気に触ったんだろうかと身を縮こませるが、マレウスは気にしたふうもなくそっと肩に手を置いた

「『ハルトから離れろ。』」

マレウスがそう言うと、バチンと何かが爆ぜる様な音がした。

「この僕に抵抗するか。」

ハルトを抱き寄せ、右手を翳す

もう一度バチンと音がして、今度は黄緑色の炎が上がった

クラスメイト達が何事かこちらを見るが、マレウスの存在に気が付くと大半は目を逸らした。あまり時期妖精王とは関わり会いたくないらしい。

見えない何かが燃え尽き、炎は空気に溶けるように小さくなって消えた

「ハルト、これで呪いは解けたぞ」

と下を見ると、目を見開いてポカンとした表情をしているハルトと目が合う

「ハルト?」

ハルトは何度か名前を呼んでも微動だにしなかったが急にボロボロと涙を零して、マレウスにしがみついたまま泣き出してしまった



ディアソムニア寮の談話室の椅子に腰かけ、マレウスは自身の腕の中ですやすや寝息を立てている人物が目を覚ますのを待っていた

「マレウスよ、いつから人の子の父親となったのじゃ」

心底愉快そうなリリアにそうからかわれ、マレウスはふー…と長い息を吐く

ハルトは散々泣いた後にそのまま泣き疲れて寝てしまったのだ。マレウスの服を握り締めてしがみついたまま。

時は少し遡り、マレウスが呪いを解いた少し後

チャイムが鳴り入室してきたクルーウェルは、何故かギャン泣きしているハルトに困惑し、そのハルトがよりにもよってマレウスに泣き付いているのをみて呆気に取られた。

教員生活も長いし多少の諍いや問題も解決してきたが、この状況は少し、いやかなり訳が分からなかった。

とりあえず、ぎゃんぎゃん泣いている仔犬をどうにかせねば授業がはじめられないので

「ドラゴニア、悪いがその仔犬を保健室に連れて行ってくれ」

と指示を出す。マレウスが頷き歩き出そうとするが、ハルトは泣くばかりで歩き出す気配がない。

マレウスは仕方なくハルトを持ち上げて抱えてやり、教室を後にした

「ふむ。保健室に連れて行ったがそやつが離れず、仕方なくそのまま引っ付けて連れてきたと」

「そうだ」

リリアはマレウスの様子にケラケラと笑う。その気になれば引き剥がすことなぞ容易だったろうに、なんの気まぐれか…

「しかし、随分長い間寝ておるようじゃの。これ、そろそろ起きんか」

リリアがぺちぺちハルトの頬を叩くと、少し唸ったあと目をうっすらと開けた

「お、起きたの!」

「………おはよ…」

「まだハッキリしないようだな。」

ハルトはしばらくぼーっと目の前の人物達を眺めていたが、焦点があってリリアとマレウスに気が付くとぎょっとした表情になった

慌てて飛び起きようとし、マレウスの膝の上から転げ落ちる

「ご、ごめんなさい!なんかわかんないけどごめんなさい!!」

「…呪いのこと、泣いていたこと、覚えてないのか?」

マレウスが尋ねると、ハルトは頭を抱える

「夢であって欲しいです…」

ハルトが落ち着くまで、リリアとマレウスは顔を見合わせて数分待ってやることにした

椅子に座り直し、リリアが淹れた紅茶を少し飲んでからハルトは恥ずかしそうに口を開く

「マレウスさん、呪いを解いてくれてありがとうございます。あと、お見苦しいところを見せたばかりか、ご迷惑を…」

「いや、別にいい。気にしてない。」

「なに、マレウスにとっては虫を払ってやった程度じゃ。気にすることではない」

何事もないようにさらっと流され、ハルトは頭を掻いて苦笑する

「虫って…昔から変なのに好かれやすくって、大体は無視してると飽きてくれるんですけど、今回のはしつこくて…夜も寝れなくて…ずっと気配と足音がして…結構ヤバかったんです…」

助かりました…ありがとうございます。と改めて頭を下げるハルトを不思議そうに見つめ、マレウスは手を伸ばす

「マレウスさん?」

頭を子供のように撫でられ、困惑するハルトだが大人しく撫でられたまま拒否はしなかった

リリアには、何故かマレウスの方が困惑したような顔をしているように見えた

ほほう、と肘をついてリリアは笑う。しかし口は開かず、何も言わなかった

「ハルト、また困ったことがあれば」

僕を頼ることを許そう。

マレウスがそう言うと、ハルトは困ったように笑うだけだった



☆☆☆
「マレウスは、自分に懐いた子猫がよっぽど可愛いと見える。しかし、龍に好かれるとは」

呪いの方がよっぽど


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