賽は投げられた
放課後のボードゲーム部の部室にて、小さな机に向かいあって腰掛ける男2人
「アズールさ、イデア先輩に双六でボロクソに負けたんだって?」
イデア先輩、ちょー笑ってたよとハルトが言うと、アズールは顔を顰める
「あんなものは運であって実力とは関係ありません!僕の知能や腕が劣っているわけではありません。」
アズールは眼鏡を押し上げてフンと鼻を鳴らした。彼はプライドが高いのだ。自身が努力でどうにも出来ないことを嫌う
ハルトは少し考えて、右手を翳した
アズールが手のひらに視線を寄越したことを確認し、ぐっと握ってから開く
開かれた手には、いつの間にかサイコロが3つ乗せられていた
「驚きました。お上手ですね」
「…ちょっと面白いもん見せてやるよ」
ハルトは片方の頬を吊り上げて、ニヤリと笑った
「どうなっているんですか!?」
アズールは信じられないとばかりに、齧り付くように机を掴んでサイコロを見ている
ハルトの転がしたサイコロは3つとも6の目を出した。これで10回連続だ
「魔法を使った気配はない…イカサマですか?!」
「ざんねぇん、これは俺の技術で実力」
投げる向き、手の角度、力加減、投げる場所の材質、サイコロの大きさや重さ
「ぜーんぶ計算すりゃ好きにできるってわけよ」
拾い上げた3つのサイコロを指先で弾き、指の背に乗せたと思えば人差し指から小指まで階段のように転がし、小指の先で止める
「その才能で金儲け出来そうですね」
「出来そうじゃなくて、してんだよなー」
アズールの素直な感想に、ハルトは肩を揺らして笑った。
ハルトは学費と生活費の大半をギャンブルで稼いでいた。バレると退学になりかねないし、色々面倒なので普段は隠しているが。
小指の先から無作為に落ちたように見えたサイコロは、1のゾロ目で止まる
「アズール、賭けようか」
「なんです?急に」
「まぁいいじゃないか。ゲームならお前は負ける気しねーんだろ?」
「まぁ当然です。しかし、サイコロ以外でお願いしますよ」
わかってるよ。とハルトは肩を竦めた
「2ヶ月後…いや、1ヶ月後にお前が恋に落ちたら俺の勝ち、なんてどうだ?」
「はぁ?」
アズールは目の前の男を凝視した。男はいつも飄々としていて何を考えているか分かりづらいのだが、今日は一段と意図が汲み取れなかった
「お前が俺を好きになれば、俺の勝ち。好きにならなかったら負け。このサイコロのコツやその他賭け事に関するコツも教えてやるよ。」
どうだ?とハルトは笑う。サイコロの上に手を翳しスッとなぞる様な動作を行うと、サイコロは1枚の金の硬貨へ変わっていた
アズールは腕を組んで、少し顎を引く
「仮に僕が負けたら、どうするおつもりで?」
「付き合ってくれ。」
ハルトは穏やかに笑った
「お前に何も損はないんだ、いいゲームだろ?」
アズールはじっとハルトの顔を見つめて
「…いいでしょう。」
と呟くように同意した
「それで、毎日足げく通って下さっていると」
「そういうこと」
賭けを始めた次の日から毎日モストロラウンジに訪れ大金を落としていくハルトに、ジェイドは物好きですねとくすくす笑う
「てか話してて大丈夫なの?仕事中じゃん」
「今は落ち着いているので、多少抜けても問題ありません」
お気になさらずと、口元に手を当て、しかし妙な賭けですねと続ける
「恋に落ちようが落ちまいが、賭けの勝敗はアズールの返答次第ではないですか」
「まぁ、そうだな。」
オススメだと持ってこられたタコのカルパッチョを突きながら、ハルトは頬を緩ませた
「意識させてから行動してアピールする。そんだけの事だよ。1ヶ月でなんて言ったが、どんだけかかってもお付き合いして貰うつもりだからな」
「おや、わりと回りくどい事をされますね」
「賭けの基本は下準備だぜ?ジェイドも好きな人が出来たら外堀をさっさと埋めて、相手から意識させることだな」
ジェイドは少し驚いた表情でハルトを見る。
仲良しごっこをする訳では無いが、アズールに妙なちょっかいをかけ遊ばれるのは面白くないと思っていた。アズールは自分と片割れを楽しませる為の人物なのだから
しかしこの男は、思いの外本気でアズールを落とす気らしい
「ジェイド、いつまでサボっているつもりですか」
「おや、バレてしまいましたか。失礼しますね、ハルトさん」
さっさと仕事に戻りなさい。とジェイドを追いやり、アズールはハルトの前まで歩を進める
「ようこそいらっしゃいませ。毎日毎日ご苦労なことです」
「オーナー自ら挨拶に来てくれるなんて嬉しいねぇ 」
アズールは演技がかった仕草で一礼した後に、呆れたように笑う
「まさかホントに、1ヶ月以内に僕を落とすつもりなのですか?」
「俺は勝ち目のない賭けにはそもそも乗らないんだよ」
手に持っていたフォークをくるりと指先で回す。フォークの尖端にハートのエースのトランプが挟まっていた
「今日の錬金術の授業の時作ったんだ、やるよ」
カードをビリビリに破いて丸め、ポイと投げて握り込む。開いた手のひらには金色の貝殻のペンダントがあった
「あなたの『手品』の腕は本当に素晴らしいですね。 」
「手品だけじゃねーよ。俺ね、恋人にはちょー尽くすタイプよ?この1ヶ月の間さ」
たーっぷり俺を意識してよーく考えて
「俺の事好きになってね」
んじゃ。とハルトは机に多めのお代とその上にペンダントを置く
「またのお越しを」
アズールはハルトを見送った後、ペンダントを手にとる
「厄介な賭けをしました。」
アズールははぁとため息をついた
☆☆☆
「アズールー!うわっ、顔真っ赤じゃん。ウケる!アイツのこと本気で好きじゃん?!そのペンダントチョー綺麗じゃんどうしたのぉ?やばくね?」
「…フロイド、少し黙って」
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