人魚は囀り、小鳥は歌う
ハルトはこの学園でも珍しい鳥の獣人だ
動物言語学の中でも特に種類が多く難しい鳥類の言語をほぼマスターしている
「ねぇトビウオちゃーん。鳥の言葉教えてー」
人魚の言葉教えてあげるからさー
なんの気まぐれか、箒を片付ける背中にそう声を掛けてきたのはリーチ兄弟のヤバい方と呼ばれるフロイドだった
「トビウオって…僕、これでも猛禽類なんだけどな」
ハルトは羽根で器用に頭を掻きながら苦笑する。ハルトは人間の身体の腕の部分が羽根になっている。足も人間より鳥の脚に近い
「いいじゃん、トビウオちゃん。ヒレが綺麗でさぁキラキラ光ってトビウオみたい。さっきすげースピードで飛んでたよねぇ」
ヒレじゃなくて羽根なんだけどな。と思いつつも褒められたことに悪い気はしない
「まぁ、トビウオでもいいけど…僕は鳥だし、箒でより自分で飛んだ方が楽だし早いよ」
「そういや、さっきありがとねー」
「さっきから話がコロコロと…まぁ、どういたしまして。ごめんね、服破っちゃって…」
ハルトが眉を下げて謝ると、フロイドは面白かったし全然へいきーと笑った
先程までこの2人は飛行術の授業を受けていた。魔法の箒で空を飛び、一回転するのが今日の課題だった
人魚全般が空を飛ぶのが不得手なのか(彼と同期の人魚達は地面スレスレを浮くのがやっとだ)、フロイドは20メートル程上空から真っ逆さまに落ちたのだ
たまたま近くを飛んでいたハルトは慌てて箒を乗り捨てて自分の翼で空を飛び、大きな脚でフロイドの体操着を掴んでゆっくりと着陸させることに成功した
しかし猛禽類の鉤爪は鋭い。とっさの判断で生身は避けて体操着を掴んだのだが、力加減を間違えて服を破ってしまったのだ。
命に比べれば安いものではあるが、ビリビリに破れて修繕しようのないツナギが少し哀れだった
「…やっぱ弁償するよ」
「俺が助けてもらったのに、トビウオちゃんにお金払わすわけねぇじゃん。ウケる」
フロイドはケラケラ笑って、ハルトの背中を叩く。小柄なハルトは数歩よろめいた
「フロイド、力強すぎ…」
「ハルトめっちゃカッコ良かったねぇ」
フロイドはハルトを片手でひょいと掴み上げて顔を覗き込む。鳥獣人のハルトは見た目以上に軽いとはいえ、さすがに片手で持ち上げられてギョッとした
どんだけ怪力なのこの人魚。しかも話聞いてくれない。文句のひとつでも言ってやろうと思ったが、フロイドと目が合うとハルトは黙った。
フロイドの瞳は、いつもの眠そうなタレ目でなく何故かキラキラと焦がれるように輝いていたからだ
フロイドは自身が箒から落ちた際に見た光景を思い出していた
箒を手放すと同時に翼を畳み、魚が水流を抜けるようにあっという間にフロイドの目の前まで滑空し、体操着を掴むと今度は大きく羽を広げて風を孕み、海月のように浮かび上がる
吐きそうな程に強烈な浮遊感の中フロイドがみたのは、太陽を背に大空を駆け抜ける美しき鳥の姿
その鳥の見開かれた瞳は、水面下から陽の光を透かした時のように黄金に輝き、思わず魅入ってしまう程であった
空中で目と目が合った時、フロイドの中に今までに感じたことの無い、なんとも言えない感情が湧き上がって胸を支配した。焼け付くような、強烈な感情
「俺、ハルトの目ぇ好きだわ」
フロイドはニィと歯を見せて笑った
「…あの話しは結局終わってなかったのか…」
ハルトとフロイドの2人は、放課後モストロラウンジを訪れていた
数十分前、フロイドは一日の授業を終えたハルトを迎えに来た
「トビウオちゃーん!今日ラウンジ休みだからそこでべんきょーしよー」
大声で呼ばれたハルトの方へ、クラスメイト達の視線が一斉に集まる
「え、何?脅されてんの?」
と呟いた生徒が目にも止まらぬ早さで絞められて床と仲良くなったのは記憶に新しいどころか夢に出そうだ
ラウンジへ向かう途中にたまたま合流したジェイドとアズールも鳥類の言語勉強会に参加することとなり、4人は1つのテーブルに仲良く収まる
勉強会はそれなりに上手く楽しく進んだ。1人を除いて
「それで、この発音の時は舌の先を息で揺らすイメージで。高めの声だと友好的にとられるけど、低いと威嚇に間違われるから注意してね」
「なるほど、こんな感じですか?」
「んー、ジェイドはもう少し細かく刻む様に発音して…アズールは少し高めに」
「…聞き取れるようにはなってきましたが、発語は中々難しいですね」
「最初と比べたらだいぶ話せてるよ」
熱心に勉強会に参加するジェイドとアズールとは対象的に、ハルトの隣に腰掛けているフロイドは退屈そうに体を揺らす
「ねぇトビウオちゃん、俺飽きた」
「フロイドが教えてって言ったのに…」
「だってジェイドとアズールも参加してきたし…やる気出ねぇ」
「鳥類の言語は難しく、ハルトさん程堪能な方はそういません。これを機に習いたいと思うのは当然では?」
アズールは、少し大人しくしていなさい。と言いつける。フロイドはえー…と小さく抗議の声をあげた
ちなみにだが、タダで教えて貰うのは気が引けるとのことで、ハルトはアズールに晩御飯をご馳走になる約束をしている
つまんねーつまんねーと繰り返すフロイドに、ハルトは苦笑する
「まぁ、少し休憩しよ。鳥語は舌とか喉をよく使うから疲れるし」
「そうですね。では、紅茶をいれてきますね」
「僕も手伝います」
ジェイドとアズールが席を外す
フロイドは口を尖らせて机に顎を乗せ、すっかりむくれていた
ハルトは少し眉を寄せて笑って、フロイドの髪を撫でる
「明日…」
「ん?なに」
「明日の放課後は、2人で勉強しようか」
フロイドは体を起こしてハルトを見る
そして、カパリと口を開けて喉の奥をクルクルと鳴らした
「フロイド、今のは人魚語?」
「?!…なんでもねぇし」
何故かハッとした表情になったフロイドは口を押えて、バッと立ち上がる
「明日!明日ね、トビウオちゃん!」
目を白黒させるハルトに、紅茶を乗せた盆を手にしてキッチンから戻ってきたジェイドとアズールはおやおやと2人して笑った。それはそれは楽しそうに、ニンマリと。
「積極的ですねフロイド」
「ハルトさん、今のは人魚のき」
「ジェイド、アズール…それ以上言ったらぎゅーっと締めるからねェ」
絶対あとで締めるからね!と言い残し、フロイドは長い足で机を飛び越して、モストロラウンジから走り去ってしまう
「なんだったの…?」
ハルトは首を傾げてそう呟いた
☆☆☆
その後の2人
「くるくるくっくー」
「トビウオちゃんさぁ、最近俺といるとよくその歌歌うよね。それなんなの?」
「え?歌ってた……?」
「うん。くるくるくっくーって……え、何その顔」
「…ごめん、無意識に求愛してたかも…忘れて…」
「!!!…俺も!俺もトビウオちゃん好きだし!!!」
「おやおや」
「やれやれ、やっとですか。」
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