全ては蛇の腹の中

「カリム・アルアジームを殺せ」

スカラビアに入寮が決まった時、ハルトの父はそう言い放った



スカラビア寮のキッチンに生徒が2人。彼らはよく一緒に寮長の料理を作っている。

今日もカリムの為の軽食を作っているところだ。

「おい、ハルト!鍋焦げてるぞ!!」

「うわっ、やべっ」

鼻につく不快な匂い。慌てて火を止めて鍋の中身を混ぜるが、やたら濃い色になったスープに焦げ付いた黒い浮遊物が広がっただけだった。

「やっちまったな…すまん、ジャミル」

「どうした、お前らしくない」

「いや、考え事をしててな…」

まだ食えるかな…と未練たらしくお玉を持ち上げたハルトを見て、やめておけ。と少し笑いながらジャミルは答える

何故暗殺を目論むものが毒を仕込むでもなく、呑気に従者と食事作りを共にしているのか、疑問になるだろう

ハルトとジャミルは所謂恋仲と言うやつだ

カリムの暗殺を狙うなら当然、近づくチャンスが多い方がいい。そう考えたハルトは、まずアジーム家に仕えるジャミルに目を付けた

ジャミルは暗殺の際、必ず邪魔になる厄介な人物であったが、逆にこの男の信頼を得てしまえば仕事はぐっと楽になる

なんなら、ジャミルが体調不良にでもなった際にカリムの世話を任される可能性だってあるわけだ

そう下心しかない状態で近付いたはずだったのに、一緒にいる時間が増えるにつれて惹かれてしまった

ハルトの家は代々暗殺を生業としている。生まれてから既に、家の都合でのみ生かされている。

ジャミルが1度だけアジーム家とバイパー家についての心情を吐露した際、ハルトは自身との境遇に似ていると共感した。

自身を誰にも認められず、役割の中で生きる。1番になることは許されず、目立つことなく、誰かのために生かされる。

あいつなら、自分を理解してくれる。自分なら、あいつを理解してやれる。そう思ってしまった

想いを止めることが出来なかった。ハルトが自分の為に行動したのは、恐らく生まれて初めてだった。

「ジャミル。お前のことが好きなんだ。俺と付き合ってくれないか?」

そうハルトが言った時、ジャミルは目を見開いて、しばらく固まって

「俺はバイパー家の人間で、アジーム家の従者だ。お前を一番に優先してやることは出来ない。それでもいいなら…」

付き合おう。そう笑って答えてくれた。その時の様子は、今でも鮮明に覚えている。

「なぁジャミル」

食えなくなったスープをシンクにぶちまけ、焦げ付いた鍋底を洗いながらハルトは口を開く

「俺がさー」

暗殺者だったらどうする?と今日の天気の話でもするように尋ねる。

「殺す」

返事は早かった。躊躇いなく、即答だった。スパイスを引く手を止めて、ジャミルはハルトを見る

ハルトは頭を抱えて腰を折り、シンクに伏せていた

表情は一切見えなかったが、ジャミルにはハルトが泣いているように思えた。

なにか声をかけてやるべきかと肩に手を置こうとしたが、ハルトが体を起こし、ジャミルに掴みかかる方が早かった

数歩よろけて受け止めたジャミルは、スっとポケットのマジカルペンに手をやる

ハルトは笑っていた。泣きそうな、苦しそうな顔で

「もう1年も経っちまった。楽しんじまった。家族から急かす報せが来る。殺せ!殺せ!殺せ!!」

もう許してくれ…とハルトはジャミルの首元から手を離し、床に崩れ落ちた

「俺、カリムを殺せなきゃどこにも帰れねぇんだわ……でも、主人を殺されたらお前はどうなる…?」

「ハルト…」

「…全て疲れた。お前に殺されたい。殺してくれ、ジャミル」

ハルトは神に祈る信者のように、ジャミルを仰ぎ見る

「…はじめから気付いてたさ。」

お前がなんの目的で俺に近づいてきたのか

「気付いてないとでも、思っていたのか?」

ジャミルは笑う。冷たく、砂漠の夜のように冷えきった笑みで。

ハルトは目を見開く。この幸せと葛藤の日々は、蜃気楼だったのかと

「気付いてて、なんで…」

「『瞳に映るはお前の主。尋ねれば答えよ、命じれば頭を垂れよ。スネーク・ウィスパー』」

動揺で揺らぐハルトの瞳を覗き込み、ジャミルはユニーク魔法を使う

ハルトの目は赤く染まり、目の前の主に対し姿勢を正し跪いた

「ハルト、答えろ。お前が俺を好きだと言ったのは、嘘だったのか?」

「いいえ、ご主人様。誓って、それだけは嘘ではありません」

「……ならいい。」

安心しろ。大丈夫、全て上手くいく。そうジャミルは穏やかな表情でハルトの前髪を撫でて耳にかける

「さて、お前に暗殺を命じたのは誰だ?」



「ってことで、お前も今日から正式に俺の従者だ。よろしくな」

カリムに朗らかに告げられ、ハルトはぽかんと口を開けて放心するしかなかった

ハルトは、ジャミルに殺してくれと懇願した後に意識が薄れて気が付けば寮長室に立っていたことにまだ理解が及んでいなかったし、さらに暗殺する予定だった人物から友好的に告げられた言葉にただ混乱している。

「ハルト、聞いてるのか?今日からは俺と同様、お前もアジーム家の従者だ」

「…頼む、いっぱい説明してくれ」

2人の顔を交互に見つめるハルトに、カリムはニッと笑みを深め、ジャミルは大きなため息をついた

話しを聞くとこうだ。ジャミルは最初からハルトの目的に気が付いていて、カリムにも伝えていた。

中々尻尾を出さない慎重さと機敏さ、何をやらせても的確にこなすハルトを始末するのは惜しいと考え、秘密裏に買収を行う予定だったとか

「まぁ、何よりお前に惚れてたしな。」

「付き合うことになったって聞いた日は宴を開きたかったんだけどな!寮生達には内緒だとジャミルに止められて出来なかったんだ。」

2人はハルトを買収する為、ハルトの主人が知りたかった

しかし本人から聞き出そうにも、暗殺を生業としているなら精神系の魔法の防衛訓練を受けているだろうし、ジャミルのユニーク魔法も効かないと踏んでいた。

中々口を割らせる策が無く困り果てていたのだが、今回、ハルトが取り乱し動揺したことで精神を支配する事に成功をし、やっとハルトに指示を出す人物に辿り着けたと言うわけだ。

「中々大変だったぜ!」

とカリムは笑うが、何が大変だったのかは決して口にしなかった。なんだか笑顔が恐ろしくも感じる。

どれだけ能天気に見えても、そこは商人の息子。何かしらの難しい駆け引き取り引きがあったのだろう

簡単に言えば、ハルトは親に売られアジーム家に買い取られた。表面上はそれだけだ。

「俺は全てを奪われて生きてきた。お前まで奪われてたまるか。」

ジャミルはそう言って、穏やかな笑みを浮かべてハルトの額に口付けた



☆☆☆
「よし!今日は宴だ!」
「え、待って、自分で言うのもあれだけど、暗殺者だよ俺。寮長、ほんとに俺を従者にしていいの?」
「ジャミルが大丈夫って言ったんだ。俺はジャミルとお前を信じるぜ!」
「だそうだ。ほら、さっさと宴の準備を始めるぞ」
「…ありがとう(俺の意識がない間に何があったのか、知りたいけど知りたくねぇな…)」



☆☆☆
カリム君はしれっと交渉が強いといいなと思いましたまる

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