人魚姫は泡になる
移動教室の為か、1年生達が廊下をゾロゾロと移動していく
その中で一際賑やかしいグループに、フロイドは目をやる
隣を歩く片割れも彼らの方を見て、彼らは相変わらず元気ですねと口元に手を当てて笑った
「ねぇジェイドー」
「なんです?フロイド」
「小エビちゃんってさ、異世界から来たんだよね」
フロイドが小エビちゃんと呼ぶ生徒は、魔力が無い、どこの寮にも属さない、モンスターを連れていると、イレギュラーだらけの人物で、噂によると自分達と違う世界から来てしまったらしい
「そうらしいですね」
自身の片割れ…ジェイドは興味無さそうに返事をした。異世界人だろうがなんだろうが、自分に利害がなければどうでもいいと思っているのだ
「異世界ってどんなだろうね」
フロイドは天気の話をするように軽く聞く
ジェイドはそれは難しい質問ですねと顎に手を置いて、一瞬考えるような仕草を見せた。
「異世界は見たことがないので、どんな所かは知りませんが、」
僕達が初めて陸を歩いた様な気持ちになっているんじゃないでしょうか。
そう、ジェイドは空を見上げて言った
「それって、不安とかー怖いとかー、そんな感じ?」
「おそらく」
1年生達の後ろ姿が教室に消えていく。小エビちゃんと呼んでいる生徒も、クラスメイトと何やら楽しそうに話しながら同じ様に消えていった
「ふーん」
フロイドはその後ろ姿を見送って、自分たちも次の教室への移動をはじめた
小エビちゃんと呼んでいる生徒の事は、特別好きってわけではないが面白いから気になる。その程度の存在だった
植物園の奥の森で、1人泣いているのを見るまでは
果物の収穫を頼まれ、袋を片手に森の入口まで来た時だった
グズグズと泣き声が聞こえ、木の根元を覗き込んでみると、小柄な生徒が膝を抱えて蹲っていた
「小エビちゃん?泣いてんの?」
「…フロイド、先輩?」
なんでここに…と、見上げたその子の目は真っ赤になっており、長い時間ここで涙を流していたのだろう
「今日のデザート用の果物採ってくるようにアズールにパシられたの」
で、小エビちゃんはなんで泣いてんの?頭の後ろを掻きながら尋ねる。
「……。」
しばらくの間、迷うように口を開いたり閉じたりする様子を、フロイドはじっと見つめる。
普段気が短い、空気が読めないと仲間たちに注意される彼であるが、今は不思議と急かす気にならなかった
隣にどっこいしょと腰掛け、話し始めるまで待ってやる。
もう数分すると、隣に座ったフロイドの制服の端をつまんで、膝を抱えたまま話し始めた
「時々、こわくなるんです。」
「こわくなる?」
「帰れるんだろうかとか、帰った時、みんな覚えていてくれるんだろうかとか、忘れちゃったらどうしようとか…それに」
「それに?」
「こっちの人達とも、別れたくない私もいて、訳が分からなくて…誰にも相談も出来なくて…」
「ふーん」
時折鼻を啜ったり、零れた涙を拭いながら見上げる小さな生物が、フロイドには少し愛しく思えた。
いつも何も考えてないように笑っていながら、この子なりに不安を隠していたのだろう
「小エビちゃんさー、海好き?」
フロイドは未だに零れてきた涙を親指で拭いてやり、もう片手で頭を撫でる
「ジェイドは山ばっか行くけど、俺は海好きなんだぁ。」
連れてってあげよっか?そう歯を見せてフロイドは笑う。小エビちゃんは、呆気に取られたようにフロイドを見上げるだけだ
「卒業までに帰る方法がわかんなかったらさ、もぅ帰れなくても良いように海へ連れてってあげる。」
うれしい?と顔を覗き込む。涙はもう止まったようだった。
少しはにかんで、その子は笑う
「フロイド先輩、飽きっぽいから…卒業まで私の事飽きずにいてくれますか?」
「俺ね、飽きっぽいけど、欲しいもんは絶対手に入れるしー」
手に入れたもんは絶対に手放さないよ。
「ね?どうする?」
「……期待せずに、待ってますね」
「んー、まぁ、今はそれでいいや」
フロイドは反動をつけて、勢い良く立ち上がる。泣き止んだその子の手を掴んで立たせ、小さな子供にするように額にキスを落とす
「果物採ったらさー、モストロラウンジいこ。俺がデザート作ったげるね」
フロイドが笑うと、少し困ったような顔でその子も微笑んだ
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