肉を食われれば回復に体力を使う。それは私が鬼と似ているところだ。鬼だって破損した身体を治す際はそれなりに体力を消耗する。それでも彼らが俊敏に動けるのは、体力が底なしだからである。一方私は一日の大半を城で過ごす、一般以下の貧弱な体力だ。

目を覚ました時には、敷かれた布団の上で寝ていた。ふかふかとした羽毛の入った布団は、城では嗅いだことのない良い匂いがした。
手を頭に伸ばせば血を被ったとは思えない程整えられた髪があった。綺麗に、丁寧に洗ってくれたようで、いつも自身で洗う時の感触とは違い、指通りが良かった。
昨晩食われた腕の様子を見ようと上半身を起き上がらせると、ふと気が付いた。

「(着物、変わってる…!)」

…善逸はどこまで見たのだろうか。無惨様には餌としての役目を果たす際はそれなりに肌蹴させたりするものの、流石にそこまで気心知れていない人に醜態を晒したとなると話は違う。

「(変わった人ではあったけど、紳士だと思っていたのに…!)」

寝ていた自身のことは棚に上げて、ふつふつと怒りが沸いてくる。彼はきっと気持ちが悪いだろう、布団が汚れるだろうと着替えさせてくれたことは分かるが、それとこれとは別問題だ。
一人怒りを耐えていたが、その元凶の煩いぐらいの声が障子の向こうから聞こえてきた。

「京子ちゃ〜ん! 起きてるよね! 起きてる音がする!」
「来るなけだもの!」
「起きた瞬間罵倒!?」

善逸の声がした障子に枕を投げようとするが、腕が痛んで中途半端な場所に落ちただけだった。小豆が入った枕なのだろうか、意外と重量があり畳の上で大きな音が出た。

「どうしたの!? 入るよ!?」

障子が勢いよく開かれる。開いた本人からは、腕を押さえる私が良く見えるのだろう。私の名前を叫び、走って寄ってきた。

「大丈夫!? 痛いの!?」

痛い。何時もはここまで酷くないはずだ。ただ、その治癒力は鬼の肉を食らって得ているものだ。昨晩は城に帰らず、定期的な摂取を怠ったため、傷の治りが遅いのだと理解してはいる。

「ちょっと……」
「ちょっとっていう冷や汗の量じゃないよ!?」

一度自覚した痛みはなかなか引かず、また無理に動かしたこともあり息が詰まるような痛みが襲っていた。無惨様の食事中の肉が喰われる痛みが続いているような感じだ。これが正常な人間の身体なのだと理解する。

「痛み止め塗るよ? ちょっとしみるかもしれないけど、我慢してね。」

痛みで歯を食いしばっているため声を出しての返事ができず、頭を上下に揺らすことで精一杯だった。
気遣わしげな指使いで薬を塗られるが言われたような痛みは感じない。それよりも傷の痛みが酷い様だった。ただそれも急に動かしたためであり、また薬に即効性の鎮痛薬が入っていた様で徐々に痛みは引いていった。
痛みが治まってくると周りに意識を向けることができ、寄り添って背中を撫でてくれている彼の優しさと温かさに戸惑い、痛みとは別に身を強張らせた。

「少し落ち着いた?」

頭を上下に動かし肯定の意を伝えると、眉を下げてよかったぁ、と笑う顔が目に入ってきた。

「……、…で……」
「痛そうだったら普通手当てしない!? 俺も痛いの嫌いだし!」

なんでそんなに優しくするの。
私の声は普通の人には届かなかったはずだった。届いてほしいなんて思ったことは全くなく、むしろその後の貼り付けた偽善の笑みや下碑た笑いばかりを見る羽目となることが多かったのだから。私を助ける人は、何かの見返りを得ようとする。まるで鬼のような人たちだった。
それも理解はできる。彼らだって決して裕福な生活をしていたわけではないのだから、と物分かりのいいふりをした自分が答える。
そんな私が心の奥底で望んでいた、もう諦めていた優しさを、この人は見返りを求めず与えてくれるのだ。

「わ、たしも、痛いのは……好き、じゃ、ない……」

本当は、本当は。
私だって痛いことは好きではない。
言いたくても言えず、聞いてくれる人もおらず、諦めていた自分の本当の気持ちだった。この人だったら言えると勇気を振り絞って発した言葉は、込めた力の割に霞み、震えていた。
普段は煩いほど叫びまくっている彼が静かに聞いてくれている様子が、更に緊張を高めた。

「でも、でもっ…私は、あの方がいないと……本当に独り、だから……」

人間は独りで生きていけるほど、この日本は甘くない。その教訓は痛い程身に染みている。
人間は信用ができない。逆に鬼は暴力的ではあるものの、利己的である分、こちらがしっかりと与えるものを与えていれば酷い扱いは受けなかった。ましてや自分はあの鬼無辻無惨の庇護下におり、あの方が飽きるまでは身の安全が保障されており、何より独りになる不安感はないのだ。彼に捨てられるときが、”あの時”の続きだ。
いつの間にか震えていたらしい手を、温かく固い手が覆った。身体の割に手は結構大きいんだ、と場違いに冷静な頭で考えた。

「独りってさ、寂しいよね。」

ぽつりと呟かれた言葉に善逸の顔を覗き見る。いつもは奥底、一点のみだった悲しみの色が広がっていた。その色の深さが、私の心に刺さった。
私と違い、人と関わることから逃げなかった彼は、それでも独りで過ごす時間が長かったのだろう。逃げた私よりきっと辛かったはずだ。

「えっ、京子ちゃん!? 痛い!? 大丈夫!?」

え、と間抜けな返事をした瞬間に、ほろ、と頬に何かが触れた。なんだ、と思い触れた指先がきらりと湿っていた。

「何これ……なんで泣いてるの?」

独りになってから、泣いたことなどほとんどなかった。無惨様に喰われる時でさえ生理的な涙は出ていたが、それだって最初の頃だけだ。

「京子ちゃんは、優しいんだ。」
「私が…?」
「そう。今俺のために泣いてくれたんでしょ? 人のために泣ける、人の痛みが分かる人は優しいよ。」
「…分かんない。何で泣いてるのか、分かんない…」

黄色の羽織でそっと涙を拭ってくれる、貴方の方が優しいだろうに。私はきっと自分の痛みを思い出しただけで、きっと善逸の痛みを分かったわけではないのだから。
すん、と鼻を鳴らす私に眉を下げて笑う彼の表情がなんだかくすぐったく、近くにあった彼の胸を痛まない腕で押しやった。

「もうこの夢のような時間終わりなの!? もっと京子ちゃんと触れ合っていたかったよぉぉ!!」

その一声で先程までのしんみりとした空気は一瞬で掻き消えた。そのことに安堵しながら、涙と鼻水を垂れ流す善逸を呆れたような目をして見遣っていると、パァン!!、と襖が勢いよく開いた。
びくりと肩を揺らしてそちらを見ると犯人は伊之助だった。そのままずかずかと部屋に入ってくると、ふん、と鼻を鳴らして腕を組んだ状態で仁王立ちした。

「飯だ。俺が呼びに来てやったぜ!」
「もっと呼び方があっただろ! びっくりするだろ!! なんでお前は静かにできないんだよ!」
「アァン!? 文句あんのかテメェ!」
「な、なんでそれだけで喧嘩になるの……」

ごはんを呼びに来ただけ、呼ばれただけ。それなのにどうしてここまで言い合いに発展できるのだろうか。
はぁ、と溜め息を吐いて頭を抱えていれば、いつの間にか開け放たれた襖の間に、昨日の女性が伏せていた。

「皆様お集まりでいらっしゃったのですね。おはようございます。朝餉のご用意ができました。召し上がられますか?」

ぐぅぅ〜〜、と鳴った三人のお腹が返事をするのを見て、女性は一瞬驚いた顔をし、柔らかく微笑んだ。


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