「……大きすぎない?」
「いや、ちょうどいいだろ。」

意見が食い違う私たちの目の前には、甘味処の戸。その装飾が施された派手な戸は、宇髄天元ぐらいの高さがあった。

「日本の玄関見たことある?」
「俺は生まれも育ちも日本だ。」

心底どうでもいい情報を聞き流しながら引き手を探したが、それらしきへこみはこの扉にはなかった。
代わりに、と中央に二つ並んだ丸い取っ手のような物があるが、これがその代わりなのだろうかと掴む。そのまま横にずらそうと力を込めるが、全く開く気配がない。それどころか、先に取っ手が取れてしまいそうだ。

「えっ? なんで? 日本人はお断りなの!?」

文句を言いながらぐぐぐ、と力を込めて奮闘する。そんな時、後ろから噛み殺した笑い声が聞こえてきた。

「おま、お前…知らねーの…? くくっ、いや、いい、貸してみろ。」

馬鹿にした物言いにむぅ、と頬を膨らませるが、私の力じゃこの戸は開きそうになく、渋々と隣へとずれた。
宇髄天元の手が取っ手を掴み、くるりと手首を回す。そしてそのまま戸を”引いた”。

ゴッ、と大きい音がしたと同時に、額に鈍い痛みが走った。
彼の手元に集中していた私は迫りくる戸を避けることができず、そのまま頭をぶつけたのだ。

「……〜〜〜〜ッ!!」
「はははっ! 派手にぶつけたな! 悪ぃ悪ぃ!」

痛む額を押さえながらうっすらと涙の浮かぶ視界を向けると、大口を開けて笑っている宇髄天元が見えた。
怒りが頂点に達した私は、私とは違う涙を流しながら笑っている宇髄天元の草履しか履いていない素足に向かって足を上げ、下駄の歯を勢いよく下ろした。
……が、その歯は当たらず、地面を踏みしめるだけとなった。

「おー、こえーこえー。」
「……でかい図体して、逃げ足だけは早いんだね。」
「まぁな。痛ぇのは嫌いなモンで。」

戸を押さえたまま入れと促されたが、今度は挟まれるのではないかとびくびくしていると、何もしねぇよと笑われた。
それが信用できないのだ。

「信用されると思ってんの?」
「いんや?」

あっけらかんと答える彼に何を言っても無駄だと溜め息を一つ吐くと、とりあえずは彼の気配りを受け入れた。
……勿論、しっかりと警戒しながら。
ただ、その警戒心も洋館に入ってしまえば一瞬で吹き飛んでしまった。

「わ、ぁ……!」

日本の甘味処にはない細工の施された机と椅子、床にも柄がついており、壁は落ち着いた朱色。天井から吊らされている照明でさえ丸くてかわいい。
ハイカラなその雰囲気に、空気まできらきらと光って見える。

「どうだ、派手派手だろ!」

何故隣の男が我が物顔でふんぞり返っているのかは理解できなかったが、言っている内容には同意できた。食いつくように首を縦に振ると、宇髄天元の赤い隻眼が一瞬丸くなり、そしてふっと優し気に細められた。
そんな顔ができるなら、そうしておけば女性もほうっておかないだろうに、と思ったことは胸に秘めて。

そうして洋館の中を見回していると、すぐに奥から男性が出てきた。
見慣れない洋装を着こなしたその男性は、私たちを見てにこりと微笑んだ。

「お客様は何名様でいらっしゃいますでしょうか?」
「二人だ。」
「それではお席にご案内いたします。」

日本人ではあるようだが、振る舞いが日本人男性のそれではない。
どちらかというと宇髄天元のような人が多く、このように給仕を行っている男性は日本ではあまり見かけない。
席まで案内され、椅子に座るときでさえ椅子を引いてくれ、いざ座るというときには椅子を押し込んでくれた。

「それではごゆっくり。」

お品書きを用意し、一礼して彼が去って行った。
最後まで流れる様な、完璧な所作だった。

「あの人、姉様たちみたいに完璧だった…」
「まぁ、給仕の仕事だしな。似通った部分はあるだろ。」

それより何を食うんだ、とお品書きを広げられる。ただ、それを見ても見慣れない語句ばかりで、何を頼めばいいのか分からない。ここまで来ると、これは本当に食べ物なのかといった疑念すら湧いてくる。……宇髄天元が連れてきた店だし。
お品書きを見ながら唸っていると、見兼ねたのか、宇髄天元が助け船を出してくれた。

「お前の姉さんが食べてたのはどんなやつだったんだ?」
「ええと、白くて甘そうな匂いがして……時間が経つと溶けてた。」
「あぁ、アイスクリイムか。」
「そ、それ!!」

堕姫がそんな感じの言葉を言っていた気がする。なぁにアンタ知らないの?、と馬鹿にしたように笑われたのだから、きっと世の中には出回っていたのだろうが、耳馴染みが無かったその言葉を覚えられなかったのだ。

「あとお前、カステエラは食ったことあんのか?」
「か…す……?」

聞いたことが無く聞き返そうとすると、あぁいい、と制された。
そしてそのまま先程の男性を呼び付けると、いくつか頼んでしまった。

「な、慣れてるの…?」
「あ? まぁな。」

どうやら良く来るらしく、お金を持っている発言はあながち嘘ではないことが伺えた。
出されたお水を飲みながら、ここぞとばかりに高いものを頼んでやろうかと考えていると、宇髄天元が私に問うてきた。

「それで? お前の姉さんのことを聞く前に、まずお前のことを教えろよ。」
「さっきからお前お前って……あ……」

そう言えば、とお前と呼ばれる理由に心当たりがあった。
私、まだ名乗っていない…この人は名前を教えてくれているのだから、

「私、まだ名乗ってなかった……黄梅って言います。」
「黄梅、か。花一つだと地味だが、木全体で見ると派手なあれだな。いい名じゃねーか。」
「蕨姫花魁に付けてもらったの。花のことは良く知らないけど…」

堕姫に付けてもらった名を褒められて舞い上がる。
この名をいいものだと思えるなんて、図体に似合わない繊細な感性は持っているらしい。
そんな宇髄天元が視線を落とす。彼の視線が注がれるのは、私の膝の上の薄桃色で桜柄の風呂敷だ。

「黄梅なんだったら、黄色で梅柄の方がよかったか?」
「こ、これはいいの! これがいい!」

その風呂敷の端をぎゅっと握りこむ。
別に気に入っていないわけではない…し、それに。

「……この色だったらお客がつくって……」

別に信じた訳じゃない。お客だって別にとりたくはない。
でもこの世界では、それが”人間の価値”だ。
もし私も客をとることができたのなら、人間として、人間に必要とされるのではないか、と馬鹿らしくも考えてしまったのだ。

「お前、そんなこと気にしてんのか?」
「そんなことって…!」
「黄梅ぐらいの器量だったら、そこそこ客はつくだろ。」

けろりとそう言い放った宇髄天元が、口の悪ささえ直せばなーとあまりに豪快に笑うものだから。
私もこっそりと小さく笑みを浮かべてしまった。

「そういう顔をしておけよ! 笑った顔の方がお前には似合ってる。」
「……笑顔が似合わない人なんているの?」

恥ずかしさから、ぷいと横を向いて憎まれ口を叩いてしまったが、宇髄天元──天元の言葉は素直に嬉しかった。
私でも、そうしていれば必要としてくれる人が、もしかしたら……

「お、ほら、来たぞ。アイスクリイム。」

変な希望を持たされかけた思考を振り払い、促された方を見ると、先程の男性が銀色のお盆にいくつかお皿を乗せ、こちらに向かってきた。

「お待たせ致しました。アイスクリイムとカステエラとなります。」

コトリ、と置かれた白いお皿の上に乗る二切れの、卵の黄身のような黄色の海綿のような甘い匂いのするもの。それと氷のように透明な器に乗った、顔を近付けるだけで少しの冷気を感じられる白くて丸いもの。
恐らく、海綿状のものがカステエラというものなのだろう。

「それではごゆっくりお過ごしください。」

恭しく頭を下げて、戻っていく男性の背を見送る。
そうしてうずうずと早まる気持ちを押さえて、天元の顔を見ながら許可を待った。

「ぷっ…何犬公みたいなことしてんだよ。食えよ、お前のために頼んだんだ。」

その言葉と共に銀色のお匙を取り、念願のアイスクリイムに差し込んだ。
思っていたよりも柔らかかったそれは、掬った部分から少しだけ溶け出していた。
少しだけ掬ったアイスクリイムを、恐る恐る口の中に含めると、触れた舌に冷たさを感じた。口の中で溶け出したところから、味わったことのない甘さが口に広がった。

「ん〜〜っ!」

頬が溶けたような、緩み切った表情をしているのが自分でも分かる。きっとこれが頬が落ちるという語源なのだろう。
そのまま私の視線はカステエラへと向く。持っていたお匙を付き匙(※ フォークのこと)へと持ち替えて、突いてみる。
見たままふわふわと凹むそれを一口大に切り、口へと運んだ。
こちらはどうやら温かい甘味だったようで、アイスクリイムで冷えた口内をほんのりと暖めてくれた。
見た目と同じくふんわりとしていて、まるで甘い綿を口に含んでいるかのようだ。でもアイスクリイムとはまた違った甘さ。これはこれで美味しい。

「おいし……!」
「そうか、良かったな! 派手に喜べ!」
「天元は? 食べないの?」

そう問いかけると、一瞬きょとんとした表情を浮かべたが、ふっと笑って大きな掌を私の頭に乗せた。

「俺はいいから、気にせず食えよ。」
「そう…? って、子ども扱いやめて。」

撫でられていた腕を押しやった。
この人は敵かもしれないんだから、と気を引き締める。
……そんな理由で、これは単純な照れ隠しであることを、私は認めなかった。



「ご馳走様でした。」
「派手な食いっぷりだったな。」
「……甘味は嫌いじゃない、から。」

初めて食べる甘味に、つい夢中になってしまったと後悔した。
本当は天元に探りを入れようとしていたのだが、話した内容と言えば、今は空になってしまったお皿に乗っていた甘味のことばかりだった。

「(……懐柔されすぎでしょ、私……)」

心の中だけで溜め息を吐き、肩を落とす。
これで何も成果が無ければ、恐らく…いや必ず堕姫にぶっ飛ばされる。比喩ではないのが恐ろしい。

「さて、と…腹ごしらえも済んだな?」

そう言った天元の紅い眼がキラリと光ったその一瞬、緊張の色が見えた。
ほんの一瞬でなりを潜めたが、天元から漏れ出た色で私も一気に緊張する。

「じゃあ、少しお話し聞かせてもらおうか?」

さあ、駆け引きの開始だ。

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