大柄な男は体格の割に歩き方はすごく静かで、あまり上下に揺さぶられなかった。
文具屋で大きく揺さぶられたのは、どうやら私を大人しくするためにわざとしたのだろう。

「ねえ、もういいでしょ。おろして。」
「かわいくねーなぁ。もう返すなんて言うなよ。男の顔を立ててこそいい女ってもんだ。」
「……分かった。」

声色こそむっとしてはいたが、騒ぎ立てず冷静に主張すれば案外あっさりと下ろしてもらえた。
やはり自分の足で歩く方がいい、とわざとからんころんと下駄を鳴らしながら歩く。

「(あれ……?)」

自分自身の歩いている音に意識を向けていて気が付いた。……私一人分の足音しか聞こえない……要するに、隣の男からほとんど音がしていないのだ。
耳を澄ませば、僅かにざりざりと砂と草履が擦れる音は立っているものの、この大柄な男が立てる音だとは思えない。
精々子どもが悪戯を仕掛けようと、後ろからそうっと近付いているときの音の大きさだ。

「(足音を消して歩いているの…?)」

それにしてはかなり自然体であり、普段からこういう歩き方なのだろうと想像がついた。

「(一体、どうして…? 人にばれてはいけない……何かから隠れている……?)」

そこでハッとした。
違う、人にばれていけないのではなく、もしかしてこの人が身を隠している理由は、”鬼”なのではないか──

「どうした、黙り込んで。」

いきなり声を掛けられて、びくりと身体が跳ねた。
ぎこちなく視線を上に向ければ、怪訝そうな眼が覗き込んでいる。

「いや、ええと……これ! 本当に貰ってよかったのかって!」
「いいんだよ、貰っとけ。かわいいもんを一つぐらい持ってねェと客もつかねーぞ!」
「まだお客とってないから分かんないし!」

何故この男は癇に障ることばかり言えるんだ、と負けじと言い返す。
その私の言葉に、あぁ、と顎に手を当てて思い出す様に言った。

「そんなこと言ってたな。いつから客取んだ?」
「女将さんは、もうそろそろ取ってもいいかもって言ってた。」
「ふぅん? じゃあ俺が派手に最初の客になってやろうじゃねぇか!」

にかっと──男の言葉を借りるならば”派手に”──笑う姿に、純粋に驚いた。
私はただ同じ文具屋で会っただけの女だ。そんな女にどうしてそこまで言えるのか、理解しがたかった。

「どうして?」
「なんだ、俺が不満か?」
「いや、不満というか何というか、名前も知らないのに……」
「そんなことかよ! 地味なこと気にしてんだな。俺は宇髄天元、神だ!」
「…………あ、私そういうのは間に合っていますので。」
「違ぇよ!!」

言っている意味が分からず、一瞬思考が停止した。その後鈍く動き出した頭ではじき出した答えが、宗教勧誘だったのだ。
そういえば、巷では童磨が流行らせたなんとか教? とかいう宗教の信者が増えているとか、聞いたような気もする。
早めに別れて関わらないでおこうと来た道を帰ろうと振り返ると、その腕を取って引き留められた。
引き留めた彼──宇髄天元に胡散臭気な視線を向けた。

「いやいやだっておかしいでしょ。自分のことを神様とか言っちゃう人に付いて行っちゃダメって言われているので、すみませんがこれで。」
「おい待てよ! そんな一点狙いの注意を受けるわけねーだろ! 大体誰に言われてるんだよ、そいつは神より偉いのか!?」
「姉様! 蕨姫花魁! ここにいるなら、聞いたことあるでしょ。」

私が崇拝してやまない堕姫の源氏名を叫べば、宇髄天元の動きがぴたりと止まった。
……もしこの人がこの名前に食いついたとしても、それはこの男が鬼狩りである確証にはならない。が、興味を示してくれさえすれば、もし鬼殺隊の奴であるならばそこから話をする機会を得られる。
それに、この人は”色”や気配を隠して生活をしている。堕姫を狙ってここに来たという可能性は十分にある。
そう思い、わざと堕姫の源氏名を出してみたのだ。

さて、この人はどっちだ……?

「お前、花魁付なのか?」
「そうですけど…」
「……こんな地味なちんちくりんが?」
「アンタほんっとうっさいな!」

どうやら外れだったか、と内心肩を落とした。ただの口うるさい、宗教勧誘をしている変人だったようだ。
それならば私はこの人に構っている余裕はない、と掴まれた腕を振りほどこうとした。

「お前には興味ないが、その花魁の話は是非聞かせてほしいなァ。」

赤い眼を光らせてにやりと笑うその顔が、何を思っているのかは分からないが、どうやら堕姫の話に食いついたらしい。

「どうせ茶屋に寄ろうとしてたんだ。いいだろ?」
「なんで姉様の話が聞きたいの?」
「アァ? ここに来る男なんて、できれば花魁とお近づきになりたい奴ばっかだろ。」

焦る気持ちを抑え、意識的に冷静な声で問いかけた私に、最もな答えが返ってきた。
ひょうひょうと答える様子が、手強さを表している。
これは長丁場になりそうだ、と心の内で溜め息を吐き、宇髄天元の誘いに了承した。

「わかった……でも私、下働きが多くてあんまり詳しくないけど。」
「いいんだよ。じゃあとりあえずあそこでいいか?」

指差された先を見ると、ちょうど洋館のような甘味処が見えた。でも、確かあそこは……

「あ、あれ、姉様達の間で有名な甘味処…! 大丈夫? 安くないよ!?」

堕姫が美味しそうに食べていた冷たい甘味が置いてあったはずだ。何やら甘いらしいということは噂には聞いていたが、聞いても聞いても味の想像がつかない。
ただ、白い塊が溶けた液体が発していた匂いが、嗅いだこともない魅力的な香りを漂わせていたことだけは覚えている。
その甘味を思い出していると、上からぶっはと息が噴き出る音がした。

「お前、言ってることと顔が一致してねェぞ…!」
「だ、だって、美味しそうだった…から……!」

クククと堪えきれてない笑い声で、私の顔が熱くなった。
あの甘い香りを思い出したのだから、頬が緩むのも仕方がないと思う。
それにしてもヒィヒィと苦しそうに笑っているこいつは、流石に笑い過ぎではなかろうか…

「まァ、金のことなら気にすんな。こんな街に来てんだ、派手に持ってる。」
「……一杯食べてやるからな。」
「口の悪さを正したら食わせてやるよ。」

さっきとは打って変わり、目を細めてにやりと笑みを浮かべられた。
おちょくられているとは分かっても、未知の甘味を食べられるという魅惑の誘いには抗えない、と喉の奥で唸りながら返事をした。

「……食べたい、です……!」
「よく言えました。」

大きな掌を頭に乗せられ、がしがしと撫で(?)られた。
それなりに髪は整えていたのだが、不思議と嫌な感じはしなかった。むしろ離れて行った手に、少しだけ感じた寂しさを頭を振って誤魔化した。

「(何を絆されているの…? 相手は鬼殺隊…しかも堕姫の直感が正しければ、柱かもしれないんだから…!)」

ぱん!、と頬を叩いて喝を入れた私を怪訝そうに見る宇髄天元に、なんでもないと首を振りながら、甘味処に向かって一緒に歩き始めた。

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