気の所為だと済ませなければこんなことにはならなかったのに。
目の前に敷かれたブルーシートの下で眠る遺体を見て、吐きそうになっていた溜息をぐっと堪える。
ふわりとブルーシートが浮き遺体の顔が顕になった。
見慣れていた、と云っても好んで見るようなものではない。故にブルーシートを戻してやろうと遺体に近付いた。すると遺体の傍で動く小さな体を見つけ、千尋はその動きを封じる為に抱き上げた。
「わぁ!」
「駄目だよ、コナン君。君は見ちゃ駄目」
「だって……僕、探偵だよ?」
不貞腐れてそう云うコナンの頭をそっと撫でる。彼が幾ら自分のことを探偵だと言い張っても死体など小学生に見せるようなものではない。
「大丈夫。名探偵が直ぐに解決してくれるから」
「……名探偵?」
「そう、名探偵」
視線を動かした先には名探偵──江戸川乱歩がいる。
そもそも何故千尋が殺人現場にいて、更に乱歩と共にいるのか。
それは今日の朝まで遡る。
「ねェ、僕東都に行きたいから案内してよ!」
「えっ」
横浜のPDAのビルの中。
誰でも使える談話室で太宰の仕事が終わるのを待っていた千尋に、乱歩が突然そんなことを云ってきた。
千尋と乱歩はそんなに仲が良い訳ではない。ある程度喋るが如何しても壁がある。
苦手、なのだろうか。あの何もかも見透かすような目が。
そんな訳で意図的に壁を作っている千尋に乱歩が何故声を掛けたのか判らなかった。
ので、取り敢えず隣にいた中也の腕を掴んだ。
「おい、何してンだ離しやがれ」
「中也今日非番でしょ。死なば諸共」
「巫山戯んなよこの鉄仮面女ァ!」
「ねェ、まだ〜?」
怒られてしまったが意地でも手を離さなかった。
そんなこんなで乱歩、中也と共に千尋は東都に来ていた。太宰には連絡したが帰ったら何か云われてしまいそうだ。
嬉々として前を歩く乱歩の姿を中也と一緒について行く。乱歩が東都に行くと云い出したのは仕事を云いつけられたから、らしい。
「社長がどうしても僕にしか出来ないって云うからね!仕方いないよねー」
そう云う乱歩は上機嫌で頬も緩んでいる。自分よりも──太宰や中也よりも年上なのに、その無邪気さからそうであるとは想像出来ない。
何とも云えない千尋に気付いたのか、中也が溜息を吐きながら乱歩に声をかけた。
「で?手前は何で千尋に案内頼んだンだよ。あの糞鯖野郎でも善かった筈だ」
「何でもいいじゃないか。それとも何?文句でもあるの?」
「……ない、けど」
「ならいいじゃないか!ねぇねぇ、この店知ってる?お菓子美味しいんだって」
仕事はいいのだろうか。その疑問は乱歩の輝いた目によって黙殺された。
「……中也、大丈夫?」
「あー……疲れたな……」
疲れ切っている昔馴染みに声を掛ける。
仕事で来たという割には乱歩はその「仕事」の内容を云おうとしないし、ふらふらと米花の街を歩いているだけだ。
あっちに行ってはこっちに行き。
子供のように楽しむ乱歩に千尋も中也も振り回されっぱなしだ。
自由奔放な乱歩を如何にかしようと中也は奮闘しているがそれは全て不発に終わっている。相手が太宰なら即座に殴りかかっているだろうが相手が乱歩ということもあって、そうはいかないようだ。
「あ、あそこの喫茶店(カフェ)に入ろ。ね」
「あぁ…それもいいかもなァ……」
これは大変だ。死んだような目をしている中也と再びどこかに行こうとしている乱歩の腕を掴んで目に入った喫茶店に駆け込んだ。
そして今に至る。
突然藻掻き苦しみ事切れた男は毒を盛られたらしい。
毒が塗られていたのは使っていたフォーク。勿論警察は厨房の人間を疑ったが、毒物は何処からも発見されなかった。
「犯人は一体どうやって……」
「横浜も東都も警察というのは無能だなぁ」
「なんだと…!?」
「喧嘩売ったな……」
「売ったね……」
唸る警察やコナン、安室は見て乱歩があっけらかんと言い放った。
その言葉に警察の人間たちは乱歩を鋭い目で睨むが、当の本人は全く気にかけてもいない。
──その鋭い目を安室がしていたことには気付かなかった。──
「此処は世界一の名探偵の僕が解決してあげよう!」
勇んだ乱歩が取り出したのはいつもの眼鏡。世界一の名探偵、という下りでコナンの目に剣呑な光が宿ったような気がするが今はそれどころではない。
乱歩が異能力を使おうとしている。それが問題だ。
此処は東都。PDAの──異能力を持つ人間の影響力など何もない場所だ。
何か問題が起こってしまったら。焦った千尋は乱歩を止めようとするが、それよりも早く乱歩は眼鏡をかけた。
「異能力────【超推理】」
眼鏡をかけて、目を閉じてそして再び開けた時。乱歩の目は真っ直ぐに一人の女を指さした。
「────君が犯人だ」
ずっとずっと自分の周りには人がいた。誰もが私を可愛いと言ってくれた。誰もが私を愛してると言ってくれた。
それなのに、彼だけは私のことを可愛いとは言ってくれなかった。それどころか見向きもしてくれなかった。
悔しくて悔しくて、頭の中がぐちゃぐちゃになっている時に彼が別の女に告白したというのを聞いた。
その女というのは地味で冴えない女だった。
あんな女に負けるなんて。あんな女に奪われるなんて。
それなら、いっそ。
それが犯人であると指さされた女が語った動機である。
最初は違うと否定した女だったが、乱歩が淡々と動機やトリックを説明すれば諦めたように自白した。
それは────恋ではないのか。
自分でも自分の感情が判らない、と云った女に千尋はそう思った。
見てほしい、愛してほしい、他の誰にも奪われたくない。
それを恋だと云わずに何と云うのか。
きっとそれが恋だと理解していたのなら、こんな事件は起こっていなかっただろうに。
憐れだ。自分の気持ちを理解出来ないなんて。
可哀想に。結局彼女は今も自分が恋していたという事実に気がついていないのだから。
床に崩れ落ちていた女に手錠をかけようとした瞬間だった。
女の目が千尋を捉えた。
「…………なんで、」
それの目は狂気に濡れていて、
「あんたは、愛されてるのよ」
中也の袖を掴む千尋の手を見ていて、
「私は、愛されなかったのに」
女は立ち上がり、
「なんであんたはああああ!!」
絶叫し、隠し持っていたであろうナイフを千尋に振りかざした。
刺される。誰もがそう思っただろう。
千尋さん、と叫んだ安室だってそう思っていたに違いない。
しかし、千尋は至極冷静にそこに立っていた。目の前には見慣れた背中。嗅ぎなれた匂いがふわりと鼻腔を擽る。
「───悪ィな。此奴は手前みてェな女より良い女だから愛されてンだよ」
キン、と音がしたと思ったら何かが落ちる音。
中也の背後から顔を出して見てみれば女が持っていたナイフが割れている。
唖然と此方を見ている女の目の前で、中也が笑いながら頭にそっと口付けを落とした。
「か、確保ーーッ!!」
疲れた。心底疲れた。電車に揺られながら千尋は溜息を吐いた。
あの後犯人は無事に捕まったがコナンと安室から激しい追及を受けた。
コナンは「世界一の名探偵」を名乗る乱歩のことが気になるらしい。死にそうな顔をしていた安室には中也との関係を問い質された。
うろうろと歩いていたこともあるし疲れているから、と半ば逃げるように帰路に着いたのだがこれは東都に戻ってきた時が恐ろしい。太宰に相談して何とか考えておかないと。
そんなことを考えていると隣に座っていた中也が肩に頭を乗せてきた。珍しい、寝落ちしてしまったようだ。疲れているようなので暫く起こさなくてもいいか。
「ねェ」
乱歩に声をかけられ、乱歩を見る。彼は真面目な顔をして千尋を見ていた。
嗚呼、その目。全て判っているような目が自分を見ている。
「もう少し、僕らにも近付いたらいいんじゃない?」
「え、 」
「君が心配するような──例えば、君に危害を加えられるとか有り得ないから。僕らを舐めないでくれる?」
「…………」
買った駄菓子を食べながら乱歩がそんなことを云う。
的を得たような言葉に千尋は黙るしかない。
確かに恐れていた。
前世武装探偵社なるものに所属していた彼らは、「人を扶ける」側の太宰のことをよく知っている。
──自分の知らない太宰のことを彼らは知っている。
それを羨ましいと思わなかった、と云えば嘘になる。
あの時、彼処で死んでしまったことに後悔はないけれど偶に思ってしまうのだ。
若し。若しも、生きていたら。同じ時間を共有していたら。
有り得ない「嘗て」を繰り返し考えて、それを知っている彼ら──探偵社に所属していた彼らに八つ当たりしてしまいそうになる。
「、でも…こんな私、見せたくない」
こんな醜い自分を太宰には知られたくなかった。
きっと太宰なら受け入れてくれるだろう。優しく抱き締めて笑ってくれるだろう。
けれど千尋自身がそれに耐えられない。
醜い自分ではなく綺麗な自分だけを見てほしいと思うのは自分勝手だろうか。
ポツリと吐露した千尋を見ても乱歩は何も云わない。
「……馬鹿だなァ、手前は」
「う、わ」
いつの間にか起きていた中也にガシガシと頭を撫でられる。
「あの野郎がそれぐらいで手前を嫌いになるかよ」
「それどころか喜ぶんじゃない?」
「そう、かな」
こんな醜い私も、愛してくれるだろうか。
────勇気を出して云ってみた。
私の知らない貴方を知る人に嫉妬しまうと。そんな私でも愛してくれますかと。
そう云った千尋に太宰が蕩けそうな顔を見せたのは、また別の話。
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藤堂さま、リクエストありがとうございました〜!
推理パートはふわっとしてますが、雰囲気で読んでくださると嬉しいです!!
リクエスト小説、大変お待たせしてしまいました…ごめんなさいm(_ _)m
またリクエスト企画をすることがあると思うので、その時もまた参加していただけると嬉しいです…!
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