放課後になるころには憂鬱な気分はだいぶ晴れ、わたしは「そのことについて考えないこと」という結論を出した。
マホちゃんは5つも年の離れた彼と2週間振りに会えるのだとかで浮かれていた。そういうときマホちゃんはいつも学校の近くで待ち合わせをしているので、学校に残る。昼休みに話したこともすっかり忘れているようだ。わたしはマホちゃんにまた明日、と言って帰路についた。

下駄箱を出てすぐ、靴擦れを起こしていたことを思い出した。ばんそうこうはすでに剥がれかけており、歩くたびにピリリと痛む。あいにく替えのばんそうこうは持っておらず、思わずため息を漏らす。


「はーあ」
「あれ、名字じゃん」
「え、あ、丸井くん」


あまり馴染みのない声に驚いて顔を上げると、真っ赤な髪をした男の子がフーセンガムを膨らましながらわたしの顔を見ていた。

きょとんとしているわたしの心を読み取ったかのように「1年とき同じクラスだったろぃ」と、ニタ、と笑った。


「丸井くん、これから部活?」
「おー、そんなとこ」
「そっか、がんばってね〜」


わたしは、我ながらこの表現がとても似合うとおもう、へらりとした笑みを見せた。痛みを堪えて歩き出す。


「そういや、赤也がお前に会いたがってたぞ」
「へ?切原くん?」


その名前に心臓が跳ねた。足が止まる。考えなくてもいいことにしたはずなのに、またあのもやもやが戻ってくる。


「なんか、お前のことすっげー聞かれて、彼氏いるのかとか」
「な、なんで」
「とりあえずお前のこと、めっちゃ可愛いって言ってた」


心臓は一層うるさく鳴りだした。わたしだって馬鹿じゃない、それにどういう意味があるのかは理解できる。

丸井くんはしばらくわたしをじっと観察しているようだった。目をそらすことが出来ずにいると、わたしの背後に視線を移して、今度は、ニタァと、いやらしく笑った。


「じゃ、あとは若いもんに任せたぜぃ」
「え?」
「ちょっと!丸井センパイ、なに名字センパイのこといじめてんスか!」
「んじゃあなー」
「ちょっと!」


渦中の人物はいつのまにかそこに居た。今朝とは違うはずの足音にもまったく気がつかないうちに。

丸井くんが去ってゆき、わたしたちは二人きりになってしまった。先ほどまでのこともあり、切原くんは痛いくらいの存在感を放っている。


「ったく…大丈夫ッスか?変なことされなかったッスか?」
「う、うん」
「なんかセンパイ、顔赤いッスよ?熱でもあるんじゃねぇ?」


する、と冷たいごつごつとした手が額に触れた。確信犯だ。じゃなきゃ天然だ。髪の毛だけじゃなく、本質そのものが天然だ。わたしは抵抗と諦めの両方を込めて、目を閉じながらわたしの熱を計る切原くんをじっと見つめる。

しばらくそうしていると、見る見る切原くんの顔が赤くなってきた。

「…んー、ないみたいッスけど」


ぱちりと開いた目と合ったかとおもうと、気まずそうにそらす。触れられていた手は切原くん自身の口元へ運ばれる。手の甲に唇を押し付けてから、息を吸い、吐いた。

ゆっくり、切原くんの視線がわたしをとらえる。









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