それはたとえば何かを決意したときのような、揺るぎないものだった。しかし声色にはそれとは異なる含みがあり、わたしは不思議と落ち着いた気持ちで次の言葉を待った。


「…センパイ、笑わないで聞いて」
「うん」
「おれ、バカだし、テストも赤点ばっかだし、遅刻したりサボったりもするし、真田副部長に叱られてばっかだし、テニスのことになると周りも見えねーし」
「うん」
「けど、おれ、センパイのことが」


切原くんの瞳は突然泣きそうに揺れた。


「…好きだ」


わたしの手はたまらず切原くんの頬に伸びる。「…しってるよ」

その手をぐいと引かれ、わたしは彼の胸の中に収まった。強く強く抱きしめられ、速まる心臓音はもはやどちらのものかはわからなかった。


「センパイ、初めて見たときからずっと、」
「だって、わたしも好きだもん」
「…え?!」


わたしの背に回されていた手は勢いよく肩をつかみ、身体を引き離される。この顔は、今朝も見た。


「せ、センパイ、なんすかそれ」


あのおまじないにはきっとわたしの無意識が含まれていて、それで勝手に好きが通じ合ってしまったのだろうな。わたしは彼のことが好きだったんだな。

そんなことを思いながら、手持ち無沙汰なそれに切原くんのシャツの裾を握らせた。


「わたしも切原くんが、すきだよ」


目をまん丸くしていた切原くんは、いつもの無邪気なものとは違う、見たことのないやさしい笑みを浮かべる。そして今度は、やさしくしっかりと、世界一大切なものに触れるかのように、抱きしめられた。切原くんの背中に腕を回せば夕焼けに染まる赤い校舎が肩越しに見え、なんだか鼻の奥がつんとした。

17時のチャイムはわたしたちを祝福するかのように、いつまでも鳴り響いている。






セヨ少年少女
2012/11/14

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