おろしたてのローファーは容赦なくわたしのアキレス腱を削った。痛い。血が滲んでいる。その一部の皮膚は厚みをほぼ失っているのではないかと思うほど、傷をどんどん深めていく。
おニューに浮かれて少し早めに家を出ていたのは不幸中の幸いだった。人の少ない校舎内で足を引きずる音がむなしく響いた。

目的地にたどり着き、革張りのソファにどっと腰をおろす。部活の朝練をしている生徒たちのために開放された、誰もいない保健室。窓際のガラスの花びんが朝日を吸い込み、部屋中を明るく照らしていた。保健室は清潔で、消毒液のつんとするにおいはどこか懐かしい。わたしは大きく深呼吸をして、ばんそうこうの在り処を目で探す。

ぺたんぺたんぺたん。

ふいに、くつ下で床を叩く音がした。それはどんどん近づいてくる。

ぺたぺたぺた、ガラリ。


「痛ってぇ」
「あっ、あれ、切原くん」
「うおっ!名字センパイ!」
「おはよ」
「おはよーございまーす」


現れたのは、同じ委員会の後輩だった。ふざけたような挨拶と眠そうな顔はなんだか子どもみたいでかわいらしい。

ただ、ひざ小僧が、とってもかわいくなかった。


「どしたのそれ!」
「え?あ、痛そうっしょ?」
「痛そう〜」


ニヒ、と笑う切原くんは、やっぱりかわいい。わたしもつられてニヤリと笑顔を見せ、ついでに熱くなる頬は気のせいということにしておく。


「ここ座って、ばんそこはってあげる」
「えっ、いいんスか?」
「その前にマキロンでジューってしよう」
「お願いしまーす」


消毒液を吹きかけ、それ用のコットンで拭きとる。時折声にならない声が頭上から降ってくるので、そのたび表情を確認する。「大丈夫?痛い?」「へーきッス、っ!」「転んだの?」「真田副部長、朝から厳しいッス」「あはは」という具合に。


「はいっ、完了〜」
「うわ〜さすが、完ぺきッスね!ありがとうございます!」
「最後におまじないしといたげるね〜」


ひざの上に軽く手を置いて、小さな子にしてあげるみたいに。
痛いの痛いの、真田副部長にとんでけ〜

ふざけたつもりが、顔を上げると真っ赤な顔をした切原くんが目をまん丸にしてわたしを凝視していた。


「せ、センパイなんすかそれ」
「え、だからおまじない」
「…か、」
「ん?」
「…かわいすぎ……」


8時15分のチャイムが鳴り響く。そろそろ続々と生徒たちが登校してくる時間だ。

切原くんに負けないくらい赤くなってしまった頬は、頭に乗せられた大きなぬくもりによって更に熱くなる。


「き、きき切原くん」
「あーなんか、センパイのそんな顔みたら、痛いのなんか吹っ飛んじゃったッスよ!」
「そ、それはよかったっす」


じゃあおれ、片付けあるんで!そう言って切原くんはぺたぺたと廊下を駆けて行く。

消毒液の匂いが和らいだ。あ、ドア閉めて行かなかったなあ。わたしはそんなことを考えながら、開け放たれたそれを見つめることしかできなかった。








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