三角関係

「もういいよ。あんたの話は分かったから」

そう言って携帯の電源を切ると、美香は思い切り壁に投げつけた。携帯は無残にも派手な音を立てて落下し、床に叩きつけられる。

美香は携帯の画面をジッと見つめると、窓のそばに身を寄せた。そして脇目もふらずに窓のところに足をかけると、勢いよく空中に身を投げた。その瞬間、世界中の時間という時間が止まったかのように、走っている車や木々や蝶が静止して見えた。空中にとどまっていた一瞬が十秒くらいに感じたのも束の間、美香の体は重力に引き寄せられて地面の方に思い切り叩きつけられた。

鈍い音を立てて地面にうつ伏せに這いつくばると、胎児のように体を丸める。すると何処からかパタパタと足音が聞こえてきた。天国からお迎えが来たのかと思いきや、それは美香と共に暮らしている友人の姿だった。友人は美香の体を起こすと、引きずるようにして車に乗せた。鈍い音を立てて走り出す車は、どうやら病院に向かっているようだ。

美香の意識はだんだんに薄れ、気づいたら病院の中にいた。頭が割れるように痛く、喉がからからだった。

「気づきましたが。ここが何処だか分かりますか」

看護師さんの問いに、美香は低くうなりながら答える。

「病院です…」

「そうです。では、あなたはどうしてここに運び込まれてきたのですか?」

美香は飛び降りる前の出来事を思い出そうとしたが、頭が痛くなるばかりで何も思い出すことができなかった。脳みそが記憶を呼び起こすことを拒否しているかのように、何も考えが浮かばなかった。

「分かりません…誰かと電話をしていたことは覚えてるのですが…内容までは思い出せません」

看護師はカルテか何かに手早く文字を書き込むと、そのまま部屋を出て行ってしまった。1人部屋に残された美香は、閑散とした部屋で天井を眺めた。美香の左手には点滴が施されていて、ぶっとい針が肘の内側に刺されている。呆然と点滴の落ちる様子を見つめていると、部屋に誰かが入ってくる音が聞こえた。友人だった。

「気分はどう?」

「頭がいたいよ」

友人はそばにあった椅子に腰を下ろした。

「何も覚えてないんだって?」

「うん…」

「ゆっくりお休みよ。今はただ、眠ればいい」

友人の言葉に、美香はゆっくり目を閉ざした。飛び降りた際にこしらえた目のコブが傷んだが、その時はあまり気にならなかった。

後日、友人と美香の彼氏である男とが浮気していた事実を美香が思い出したのは、それから5日も経ってのことだった。美香はその後、鬱病になった。


20141017


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