性格破綻者

 留置所生活X日目。思えば俺は、生まれた時から今日まで、自分を悪だと信じて生きてきた。俺は罪人だ。犯行当初は、そう易々と捕まってたまるかと意気込んでいた。だけどそれは最初だけで、あとは雪崩のように罪悪感が押し寄せて、最後には自滅した。
 俺は自首したんだ。捕まった時、俺は上質な羽毛布団に包まれたかのような安堵感を覚えた。安心しすぎて俺は、パトカーの中で安らかな眠りに落ちた程だ。刑事はさぞ驚いた事だろう。
 
 罪を犯しておいてなんだが、俺の心は純真そのものだ。犯罪を犯す奴は多かれ少なかれ皆、純真な心を持ち合わせていると言えるんじゃないか。嘘だと思うなら、俺の真向かいにいる少年の手首を見てみろ。傷だらけだろう?あれは自分でやったんだ。あいつだけじゃない、あいつもこいつも皆、傷だらけだ。本当の罪人なら、自分を傷つけるような真似はしないだろう。本当の悪は、自分ではなく他人を傷つけるもんだ。俺は別に、犯罪者を弁護している訳じゃない。ただ罪人は、はじめから罪人だった訳では無いという事を言いたかっただけだ。誤解しないでくれ。

 俺のした事は立派な犯罪だ。それは、紛れもない事実であり、一生消す事の出来ない傷を自らつけたも同然だ。俺は自分で自分を汚したんだ。今となっては後悔している。罪を犯す前、俺は毎日死んだように生きていた。いや、あのままいけば本当に死んでいたのかもしれない。それをアイツが救ってくれた。そう、薬だ。物質に頼るなんて真似は愚かだと、人々は軽蔑するかもしれない。けれど生憎、俺には薬しかなかった。俺には友人というものが居なかった。もっと言えば、俺の周りには人間というものが居なかった。本当さ、嘘じゃない。人間の心を忘れてしまったロボットが一人や二人、学校でも会社でもそこら辺に溢れているだろう。俺も、過去にはそんなロボットとなって生活していた。けれどやがて、疲れてしまった。俺はロボットになりきれなかった。俺のプライドはズタズタに切り裂かれ、後に残ったのは悔恨の念だけだった。
 もう一度ロボットにならなくては、そう思って、俺は薬に手を出した。気の弱い俺は、社会のレールに戻るには、勢いというものが必要だったんだ。馬鹿だと笑う奴もいるだろう。その通りだ。
 果たして、人間不信の奴が薬に手を出したらどうなるか。結果から言うと、酷い有様だった。時には幻覚も見たし、何十時間も眠れない事も珍しくなかった。だがそれは、肉体面の酷さであって、精神面は更に酷かった。何が酷いかってそれは、自分の犯した罪を認められない事だ。例えば俺が今、誰かを殴ったとしたら普通は謝るだろう?それが、謝らないで逆切れをする、これが常だ。明らかに人格が退化していて、成る程、俺はある意味では人間をやめられて、心ないロボットになったと言える。
 俺はもう、後戻りが出来なくなっていた。こうやって人は自分の過ちに気が付きつつも、どんどん悪くなって行くのだろう。ヤケクソって奴だ。柔軟な考えなど出来るはずもなく、カクカクに凝り固まった頭を引っさげて、俺は自首をした。そう、全てが終わったんだ。

***

 留置場に通されたら妙に不安感が襲ってきて、俺はキチガイのように辺りを見渡した。
そんなことをしていると警察がやってきて、取調べがスタートした。刑事が俺に問う。

「親御さんのためにも、綺麗さっぱり白状しろよ」

「はい、勿論です」

俺はさも優等生のような返事をしたが、内心は殺気立っていた。しかし顔には出さなかった。つらつらと俺は自白をし、取調べを終えると留置場に戻った。
 しばらくすると看守の奴がやって来た。どうやら面会らしい。俺は嫌な予感がした。面会に来る人物は限られている。面会室に入ると、予想通り、そこには父親の姿があった。
 席に着くと、硝子越しにいる父親が、力なく笑った。くたびれた様子で正直俺は、眼を当てられなかった。父親が口を開いて一言、こう言った。

「大変だったな」

 俺はそれを聞いた瞬間、他人事のような素振りの親父に吐き気がした。胃の中の物を全て出したい衝動に駆られた。が、口には出さなかった。親父は何だか落ち着きを見せなかった。俺は黙ってそいつを見ていた。適当に調子を合わせて、俺は面会室を後にした。その日は何だか寝付けなかった。
 次の日、またしても取り調べがスタートした。俺は寝不足の面を引っさげて、取調室に足を運んだ。

「おう、よく眠れたか?」

「はい、勿論です」

俺は例の良い子の仮面をつけて、刑事の顔を見た。丁度親父と同じ年代かと思われるその容貌に、俺は段々腹が立つのを覚えた。

「昨日、親父さんが来ただろう?感謝しろよ、面会に来てくれるなんて、有難いじゃないか」

「は?」

急に切れ出した俺に、刑事は驚愕の表情を浮かべた。何かの間違いだろ?そんな表情が見て取れる。

「おい、どうしたんだ?」

俺ははっと我に返り、慌てて自分を抑えた。

「いえ、何でもないです」

刑事は俺の顔をじっと見た。俺は居たたまれなくなって目を逸らした。

「親父さんと何かあったか?」

「いえ別に」

無言が続いた。

「大変だったな」

俺と親父の会話記録を刑事は見たらしい。大変だったなという言葉に、忘れもしない、昨日の怒りがこみ上げた。

「そう言われたんだって?」

俺は下を向いた。刑事は続ける。

「それはつまり、こんな俺(父親)なんかに育てられて大変だったなって事なんじゃないか?」

俺は顔を上げた。刑事は目を細めつつ俺を見ていた。俺は目から鱗だった。そんな風に考えた事はなかった。

「さあ、分かりません」

「ま、頑張れよ」

刑事は何に対しての応援なのか分からないが、俺の肩を軽く叩きながらそう言った。暖かかった。この人も、家では父親なのだろう。
返事の代わりに俺は、深く息を吐いた。吐いても吐いても足りないくらい、一生分の全てをこめて、俺は腹に力を入れた。
 息を吐き終えると、俺は親父のロボットとなって生きた数十年間に別れを告げた。俺は罪人には変わりない。だがしかし、俺は晴れやかな面持ちで取調室を後にした。


20120823完


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