君のため

 血がよどんで行くのが分かったから、彩夏は水をがぶ飲みした。こうすると血液が薄まって綺麗な身体になる気がする。
 身体を売って薬に溺れる事に、ためらいはない。人間的な喜びよりも動物的な快楽の方が大事なのだ。
 生まれて直ぐに生きる権利を与えられ、死ぬ権利を奪われたから、堕ちる道を選んだに過ぎなかった。

「彩夏も悪い女だね。客の財布から金抜き取って逃げてるんでしょ?金と薬がそんなに好きなの?」

 好きな訳じゃない。金は物差しで、薬は代償に過ぎない。

「うるせーな、黙れ糞が」

 そう言って彩夏が席を立つと、女は呆然と口を開けた。また友達が一人減ったけど、清々しい気持ちで一杯だ。こうして人は独りになっていくのだろう。死ぬ時はこの世に全てを置いて行くのだから、今から荷物を減らしておいた方がいい。
 そのまま店を出て薬局に寄り、キャットフードと水を大量に買う。人を騙して得た金は、このためにあると言わんばかりに消費される。
 家に帰ると、飼い猫が足もとに寄ってきた。彩夏が餌を与えると、猫はがっついた。

「人を騙して得たご飯は美味しいかい?」

 猫は黙っていたから、彩夏は続ける。

「そろそろ疲れたよ」

 餌を食べていた猫が、顔を上げて言葉を発した。

「大丈夫?」

「ううん、もう駄目」

 彩夏が猫の首を撫でると、猫は気持ちよさそうに目を細める。

「私が死んだら猫のお前は一人になるけど、どうやって生きてくの?」

 猫は少し考えてから、口を開いた。

「新しいご主人様を見つけるか、誰かの食料を奪って自分が生き延びるか・・・・・・何にせよ強く生きるよ」

「そっか。お前は猫の癖に強いね」

「誰も傷つけずに生き延びるなんてこと、出来ないと思うんだ」

「ふーん」

 彩夏が時計に目をやると、夜の十二時を回っていた。そろそろ寝なきゃと布団に潜り込む。結局今日も、何も食べずに一日が終わった。
 目を瞑ると暗闇の中で猫が見えたから、彩夏は可笑しくて笑った。猫も、笑った。


20121023完


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