罪悪感に殺された

 時々、とてつもなく空しくなる。もし自殺するならば、人に罪悪感を植えつけないように、どこか遠くで死のうと思う。
 とは言っても自殺は許されないので、生きながら死ぬことに僕はした。生きながら死ぬというのは、幸福を感じないで生きるという事だ。恋人を失ったあの日から、幸せになる資格など僕にはないのだ。

「よう。今日ものん気に仕事もせずに寝てるのかい?お前も罪な奴だな」

 悪友がアパートにやって来たが、僕は相変わらず布団の上で横になっていた。

「僕は幸せになっちゃいけない人間だからね。僕の姿は気楽に見えるかもしれないが、内心辛いんだよ」

「はっ。偉そうに。無職が何を言っているんだ。いつも働いている俺からしたら、いつも寝ているお前は幸福そうに見えるぜ」

 僕は反論しようとしたが、やめた。代わりに布団の中で指を爪で引っかいた。

「働きたくても働けないんだ。そう意地の悪いことを言わないでくれ」

 僕がそう言うと、友人は目を細めて笑いながら言った。

「さっき、明菜の墓参りに行ってきたぜ」

 明菜。その名前を聞くと、僕の心臓は高鳴った。先ほどまでの強気な姿勢が崩れていく。

「そ、そうか、それはご苦労様」

「お前も行けよ。仮にもお前の恋人だろう?」

 明菜は半年前に自殺した恋人なのだが、僕は一度も墓地に足を運んでいない。それが余計に罪悪感を駆り立てたが、身体はてこでも動かなかった。だから、こうして寝ているのだ。

「明菜に申し訳なくて顔向け出来ないというお前の気持ちも分かるが、墓参り位行ってやれよ。明菜の親御さんもお前を責めたりしないだろうよ」

「・・・・・・」

「いつまでも引きこもっているワケにもいかねーだろが。バイトするなり遊ぶなり、何らかの行動を起こせよ」

「怖いんだ」

「怖い?」

「また明奈のように誰かを傷つけて失ってしまったらと思うと・・・・・・怖くて何も出来ないんだ」

 友人は深いため息をつくと、そのままアパートから出て行った。途端に静寂がアパートに舞い戻る。布団から手を出して見ると、ぐちゃぐちゃに血で染まっていた。

***

 僕の一日は長い。ベットから動こうとしても動けずに、瞼を擦る事から一日が始まる。朝なのか夜なのかすら分からない。僕は欲が強いのだろう。自分の描く理想像が立派過ぎて、それについていけずに落胆する。ならば何も欲しなければいい。取り留めの無い考えを巡らせて、日々が過ぎた。

***

 春になると僕は焦り始めた。仕事をしなかったのがいけないのか、明菜の墓参りに行かなかったのがいけないのか、いずれにせよ僕の心は浮き足立ち、じっとしてられなくなる。飯を食べていても落ち着かず、器を持ちながら部屋中をぐるぐると歩き回る。今まで我慢していた様々な欲求が雪崩のようにあふれ出すが、どうする事も出来ず部屋中を歩き回る。
 様子を見に来た友人は、ついに僕の気が触れたのかと思って病院に連れて行こうとしたが、僕は拒んだ。

「僕は正気だ!その証拠に自殺しないじゃないか!僕は生きている!紛れもなく生きている!」

 そう言って血だらけの手を振りかざすと、友人は悲鳴を上げて部屋を飛び出した。それから永遠に叶わぬ思いの分だけ、僕は部屋を往復し続けた。

***

 それから僕は精神病院に入院した。それ以来、部屋に戻っていない。これからもずっと戻らないだろう。
 手紙を書いた。明菜にだ。手紙を書いては引き出しにしまうという行為を百回、繰り返した。今、百一通目を書いている。
 僕は死ぬ事も働く事もせずに、これからもずっと精神病院で手紙を書き続けるだろう。それが今、僕に出来る明菜への罪滅ぼしなのだから。
 幸せも不幸も、僕はいらない。僕はただ、生きるだけ。


20121110完


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