恋獄淫牢【後編】
Dear karu様


 座敷牢に満ちる猛烈な湿気の中に、したたる粘液は蠱惑的で、どこか奇妙な甘い臭いを放つ。
 周一の目の前で、あろうことか憎き物の怪の舌に蹂躙され、かろうじて己のあられもない姿を鑑みれば、なけなしの自制心が無駄な抵抗を試みようとする。もはやそれは意思の問題では無い。だがそれが羞恥を助長させる──負の円環。
 猿猴の鞭のように弾力のある長い舌が下腹で蠢き、ぬるぬると静司の雄芯を螺旋を描くように締め付ける。かと思えばふいに緩まり、じわじわと蠢き、快楽という快楽を知り尽くした淫らな動きが、静司の理性の箍を容易く揺るがしてしまうのだ。

 猿猴の舌は、舌というよりも触手に近い。──それも、厭なことに、陰茎に酷似した形をしている。
 河童の一種というのだから、つい「尻小玉を抜く」などという言葉を連想してしまうのだが、より人間に近く知能も高い彼らが、そう滅多には交配できない異種である人間に対して、欲望のはけ口としての利用法を見出だしたとしても不思議ではない──言葉そのものが行為の描写の派生であっても別におかしくはないのだ。中でも猿猴は有名ではあるが、河童というのはそもそも多くが好色な妖なのだから。
「や、やめろ、それ以上……!」
 ぬるぬると擦られる静司のペニスは、はち切れんばかりに勃起して、まさに今しがたまで女の穴の中に入っていたかのように濡れそぼっている。巨躯をよじる猿猴はその溢れる蜜が欲しいのか、まるで狼のようなうなり声をあげて、静司の股間の蜜を執拗にすすりあげる。
 下腹からせりあがる、鮮烈な快感と嫌悪感。静司は気も狂わんばかりにかぶりを振る。
「いっ、嫌!周一さ……ぁ、あ──!!」
 絶妙の緩急で絞り上げられ、静司のペニスの先端からぱたぱたと白濁した粘液が溢れ出た。
「……憎き妖にも、性欲をダシにされればそのざまか」
「……っ、く、う……」
「淫乱の性とは死なねば治らんものなのだろうな」
 周一は静司の淫乱をあげつらい嗤うも、今、行為の主導権は完全に妖の手の中にある。静司が射精したからといって、相手が満足するわけではない。
 猿猴の舌は、それ自体が生殖器の代用として機能するのか、最初は人指し指程度の太さであったそれが、今では舌と言うには不適切な、グロテスクな赤黒い棒状の肉の塊に膨れ上がっている。

 それはもはや、酷似とも言えない。あからさまな性器そのものであった。直視に耐えぬ、赤黒く怒張した男性器。
 静司は壁に突っ伏して、動けぬように背中から押さえつけられ、淫らに膨れ上がった舌が静司の首筋、胸、背中、唇とあらゆる所を蛇のように這い回る。甘い蜜の匂い。異種性愛の背徳の臭気が、むせかえるような座敷牢を満たす。
 猿猴の怒張は雄性の欲望を丸出しに、巨大な亀頭を張り上げて、静司の白い尻に押し付けられる。
「……う」
 静司とて綺麗な身ではない。
 たとえば妖に犯されたこともあれば、それを対価に協力を要請したこともある。我が身も行為も一つの交渉材料だ。

 だが、今は違う。
 事情が違う。
 周一が──名取周一が、その目でこの様を見ているのだから。

 入り口を確かめるように、浅い挿入が繰り返されるたび、静司は呻くように声を上げる。律動が繰り返される度に、静司は助けを求めるように周一を見る──だが、瞳が合うと、燃え上がる。触れ得ぬものに触れる方法は確かにあるのだ。但し、それが煉獄で身を焼かれるほどの嫉妬や苦痛を伴うのだとしても。

 ひとしきり肛門を弄ぶと、猿猴はおもむろに、静司の手枷をガシャンと引き潰してしまった。
「……な!」
 押しても引いてもビクともしなかった手枷が、まるでオモチャのようだ。人外の膂力の賜物と判っていながらも、静司は目を丸くするしかない。
 だが、それを観る周一の目はどこか冷酷に笑っていた。
「……発情期の猿猴は気が荒い。大人しく淫乱の穴を差し出すんだな──首をへし折られるぞ」
「……!」
 覆い被さる剛毛の巨体に逆らう気など到底起こらず、静司は言われるままに妖の前で白く可憐な脚を開く。
 そこに飛び付くように、猿猴の卑猥な舌が潜り込んでくる。人間のものとはあからさまに違う──アリクイにも似た鞭のような舌。秘所をさらけ出し腰を上げる姿勢で、まるで性器が出入りするかのように、ちゅぽちゅぽといやらしい音をたてて、挿入が繰り返される。硬い舌先は容易く静司の奥まで届いた。
 それは事実上の性交であった。
「……あ、ぁ……なに、これ……!やだ、あぁ、あ……!」
「そんなに気持ちイイ?」
「……いい、きもちいい、へんになる……おかしくなってしまう……!」
 うわ言のように口走るのは、淫妖が人間の肉体にもたらす副産物だ。この醜悪にして淫蕩な妖は、人間の快楽という快楽を知り尽くしている。
 救いを乞うように周一を見遣るも、そんな気など露と無く自慰に耽る多分に淫らな雄臭い表情が、なおも静司の歪んだ被虐の欲望を加速させる。

 蹂躙される様。
 暴かれて挿入される姿。
 その淫らな部分、汚い部分、隠すことが出来ないという建前で、曝して見せ付ける官能。
 それを見て、自慰に耽る男。その目に愛憎と蔑み、官能と喜悦が入り交じる。

 ──狂っている。

 自分も、周一も。
 けれど、そんなことはもう──とうに判っている。
 歪み、縺れ、狂い、身喰いの上に官能の軌跡を描かねばならぬほど、自分たちの心は壊れているのだ。壊れるほどに切望し、だが手を伸ばせば常に望むものとは正反対の力がはたらく陰鬱な螺旋を絶つすべを知らぬ愚かにして盲目の民。

 ぬるぬるの肛門に、ぬちゃぬちゃと出入りする異形の触手。甘い蜜が奥で溶けると、その分だけ理性が溶けていく。
「周一さん、周一さんっ……!すごい、コレ、奥まで……奥まで入って動いてる……!」
 見せ付けるように自ら尻を割り拡げると、粘液にまみれて火照った後孔から激しく出入りする巨大で卑猥な舌のピストンが丸見えになる。
 周一の喉が鳴った。彼もまた絶頂を寸でのところで引き留めている。浅く速い呼吸に、クチュクチュという手淫の音が重なる。
「……妖祓いの頭目が、いい格好だ」
 周一は上気した野卑な表情で嘲笑した。
 長い犬歯が見えて、ただそのことが、静司の網膜を通せば凶悪な官能に変換される。ああ、あの牙にかかって果てるなら。この悦楽の中で、喉笛を咬みきられて死ねるなら──。
「だって、きもちいい……!もう、とけて、しまいそう──」
「妖の舌に腹の奥を愛撫されて?」
「腰が、止まらない──入ってるところが、穴が……すごく、熱い…!」
 舌をペニスのように激しく抜き差しされて、溢れる蜜が畳を濡らす。妖のもつ、より純化された快楽物質は、静司の中で泡立てられて、溢れる様子さえ強烈に猥褻だ。
 何度もピストンを繰り返すうちに、舌の表面には無数の突起があらわれはじめる。快楽に悶えながらも泣き叫ぶ静司の秘部を猿猴は容赦無く犯し続け、その性器の先端から溢れる蜜を容赦なくジュルジュルとすする。それはあたかも美味な餌にくらいつく動物そのものだ。妖力に満ち溢れた静司の躯は、髪の一筋にいたるまで、物の怪にとってはこの上もない餌だろう。
「……ん、ぁっ!」
 ぬぽん、と舌が抜き去られた後の穴から、ゴポリと白く泡立った粘液が大量に溢れてくる。唐突に絶たれた刺激に静司は放心したが、まだ終わりでは無かった。

 今度は舌ではない、本物の生殖器が、火照りぬめって柔らかくなったそこに、ズプリと生々しい音を鳴らして潜り込む。
「──っ!」
 静司の体は激しく痙攣した。その巨大な生殖器の衝撃は、舌とは比較にならなかった。
「あああぁぁっ!」
 あまりのことに激しく仰け反って、静司は叫ぶ。その躯を串刺しにする異形の巨根は、静司の反応になど構わず前後に動き始める。
「はぁっ!ひ、ぁ、あぁ!」
 突かれるたびに、静司の細い腰は大きくはね上がった。この異常事態にもまだ、澱みはじめた静司の瞳は周一を探す──瞳が合えば、そこから暗黙の情事へとすり変わってしまうのだ。
 
 静司が手を延ばす。
 周一はその手を取る。

 グリ、と奥まで突き上げられると、背筋に鳥肌が立つほどの快楽にが突き抜ける。わずかに背を反らせ、静司は異形の結合に堪えながら周一の指を強く握る。
 動かされるたびに襲う、脳天に突き抜けるような快楽に、噛み締めた奥歯から悩ましい声が漏れる。
 相手はただ、本能のままに激しく突き動いているだけだ。妖の淫蜜が──あらゆる刺激を性の快感に変えてしまう。もはや静司はただの淫らな穴だった。快楽を享受するための器官そのものであった。
「あ、あ、ぅあっ、あぁっ」
 周一の双眸が、猿猴の男根によって目茶苦茶に犯され、白濁した甘いしぶきを飛ばす結合部を凝視しながら、片手は剥き出しの自らの雄を慰める。静司は底無し沼のような快楽からの助けを求めて、周一の腕にすがり付く。快楽も過ぎれば恐怖、そして狂気へ至る──。
「……周一さん、もう、お願い、赦してぇ………!」
 にゅるにゅると出入りする性器は衰える気配もない。蕩けた瞳で、うわ言のように静司は口走る。
 中毒性をもつ体液が、静司の意識を侵食しつつある。静司はもう何度果てたか判らなかった。──いや、元よりそんなことは考えていない。愛する男の前であけすけな痴態をさらす、得体の知れぬ背徳の快楽に──この土蔵の奥に秘された悦楽に爛れ、静司の正気は焼かれていた。
「……て」
 発狂しそうな濡れた律動の中で、解けた指先が周一の性器に触れる。白く長い指はわななき、まるで蛇のようにからみつく。
「飲ませて……周一さん、おれに──」
 きれぎれの哀願に、周一の性器の質量がぐっと増す。全身が心臓に、そして性器になったかのような昂り。首をよじり、のばして膨らんだ雁首を含む。唾液と先走りが混ざりあってぬらぬらと光る男根が唇を出入りする。その勢いが激しくなる。
 先に男たちの性器を二本もくわえこんだ静司の後孔は、女淫のように妖の怒張を受け入れる。仰向けになったまま、その紅い唇で狂おしいほど愛しい男を愛撫する。
「……静司、ぁ、駄目だ、静司ッ……!」
 既に限界に近い周一のペニスを、唇をすぼめて強く締め付ける。僅かに前屈みになった周一の首を、自由になった静司の右腕が引き寄せる。
 肩口に寄せられた唇が、白い膚を強く咬む──。
「………あ!!」
 同時に短い悲鳴をあげて、静司は仰け反り、周一はその柔らかな口腔に射精を開始する。
 ドクドクと脈打つ陰茎を愛おしげに舐めしゃぶり、一滴もこぼすまいと丹念に舌を這わせる様はまさに狂気の沙汰。それは己が意思とは拘わりない、淫乱の天性だ。
 人ならぬ剛直に擦られる淫穴は、火傷しそうなほどに熱かった。ただ巨大なだけではなく、人間のものとは違う──より淫性に特化した、可塑性をもつ奇妙な弾力。ただ蹂躙されるだけでなく、快楽に屈して自ら求めてしまうそれの前に、なすすべはもはや無い。

 泥のような業の海。むせかえりそうな白濁を飲み下し、腹の最奥に物の怪の精を受ける。下半身を汚す粘液が誰のものかはもはや判別出来ない──だが、即座に穴の中に熱が拡がる。突き抜ける悦楽に静司は身悶える。
 恍惚の瞳が虚ろに宙を漂い、もはや出るものも無い絶頂に四肢が震える。

 ふいに、毛むくじゃらの長い異形の手が、静司の首を掴む。凄まじい力だった。そして寸差で交錯する周一の手が、至近距離から猿猴の背に回る。
 何をしたのかは、静司の目からは見えなかった。だが周一の手が──恐らくは背中に貼られた符に触れた途端、妖の動きはぴたりと止まった。

 静止したような世界が再び動き出したのは、猿猴の体が急速に「折り畳まれた」瞬間だった。そして同時に、静司は咳き込んだ。呼吸をすることを思い出すと、猿猴の手にやられた首が悲鳴をあげたのだった。

 まるで紙のように手足が折れ曲がり、見ている間に質感と厚みを失った体が、仕掛け絵本のようにパタパタと折り畳まれていく。唐突に始まったそれは、ひたすら不可解で不思議な光景だった。
 しかし静司はそれを驚くこともなく見つめていた。猿猴は苦痛の表情を浮かべることもなく、瞬く間に背に貼られていたはずの一枚の符と同化した──ひらひらと舞うその符には、静司が目にした当初には見られなかった、奇妙な妖の絵が墨一色で描かれていた。

 ──そして、その姿が猿猴であった。

「……まったく、油断も隙も無いな。死ぬ瞬間の締め付けは最高だっていうが」
「………」
「これで人間の味を覚えられちゃあ厄介だが、まあいい──此方の都合で捕えた妖だ」
 ぞんざいに符をポケットに仕舞い込み、周一は汚れた静司の口元を指で拭う。
「……」
「いやらしい顔だな」
 周一は悪びれもせず笑う。
「そこまでして、私の気を引きたいのかい、静司?」
「……っ」
 的外れならば、こんなに怖い言葉はあるまい。だが事実だ。真に狂っているということは──誰よりも正気であるということでもあるのだ。余りにも真実を見透し過ぎる者は、例外無く狂気の振る舞いにたどり着く。此れもひとつのアイロニーではあるが。
 淫行の限りを尽くしておきながら、静司の胸は、これまでに無いほど激しくはねあがった。

 地獄のような紊乱の獄の中での、傍目には悪夢にも見ないという虐待が、この上もない法悦となる矛盾。相手が誰でもよいわけではない──巧みな認証性の罠。周一はそれを知っている。彼が此処に在ることが、総ての意味をさかしまにする。

(………あなたが好き)

 それはもはや声にならない。

 だが、ただそれだけだ。
 ただ、それだけなのだ。

 この狂気も、弱さも、矛盾も、快楽も所詮。
 醜怪な妖も、静司を取り巻く男どもも、ありとあらゆるしがらみも、受ける苦しみも痛みも何もかもが、此の恋の熱に溶けて、消えてしまうのではないかと静司は思う。
 虚ろに潤む静司の瞳が見ていたのは、悪夢にはほど遠い。すべてのものに、すべての苦痛と快楽に見出だすのは、無駄に吐き散らした愛の言葉の欠片。

 それはただまばゆいだけの、狂恋の沙汰。言わず、言えず、ただ恋が淫らにする身体を、狂気が暴く昏い愛。
 二つの影が互いに引き寄せられるようにして、ゆっくりと唇が合わさる。


 ──此処は、恋獄淫牢。

【了】


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