Reason
Dear karu様


 旧家的場の頭領だから、もの凄く用心深いかといえば、静司の場合はそうでもない。
 ひと昔前までは、それこそひと昔前のやくざみたいに、あっちへ行くにもこっちへ行くにも、いかにもという感じのSPをぞろぞろ連れて、ロールスロイスとかベントレーの後部座席に乗ってるのが的場の御頭主様、というノリであったようだが、静司の代になってからは無駄な浪費は全て廃止となった。曰く、経費の無駄。それに、鬱陶しい。完全に現代っ子の感覚である。
 とはいえ当然ながら、的場の頭主でいることは常に危険と隣り合わせだということと同義だ。右眼の件だけではない。恨みを買うのは妖からだけでもない。身内も危ない。だから静司は何も信用しない。
 何かあれば警護がどうしたと騒がれるが、万全の警護なぞ期して暮らすとすれば、的場の頭主は棚のコップひとつとて満足に取れやしないだろう。そんなのは死んでもゴメンだ。

 ゆえに代々の頭主に比べれば随分身軽な静司だが、身軽さの代償は時折重くのし掛かってくる。阿蘇での一件はまさにそれだった。何故なら、明らかに軽率な行動が招いた事件であったからだ。
 最寄りのコンビニにカレーパンを買いに行った静司は、帰宅途中に人気の無い通りで近付いてきたバンの中に引きずり込まれた。それは驚くほどシステマティックな動作で、恐らくは邸から出ていくところからピッタリと狙われていたのだ。
 静司は無駄な抵抗はしなかった。
 巨額の富を有する者の宿命か、静司は誘拐されるのは初めてではない。以前誘拐の憂き目に遭った折には、家の者に散々言われたものだ──劣勢が明らかな中で暴れたり逃走を試みたりするのは自殺行為であり、とにかく当面は大人しく相手に従わねばならないと。
 ──とはいえ静司とて、誘拐されるのが恐ろしくないわけではない。何をされるかわからない恐怖というのは堪らない。逃げ出すチャンスがあるなら逃げ出したいし、助かる可能性があるなら待つよりも積極的にそれに賭けたい。
 バンの中で男たちにもみくちゃにされながら、静司は必死に血路をひらくすべを考えていた。







 的場家所有の阿蘇の別荘に辿り着くまで、静司は一切の拘束を施されなかった。どの方向へ向かっているのかも一目瞭然であった。
 そのことが静司をひどく不安にさせた。身代金目当ての誘拐犯というのは大概、誘拐する標的を外界から隔離する。交換価値のある人質として扱うなら生かしておく必要があるが、のちのち厄介な証言をされるのは避けたいという二重の意味からだ。
 しかし彼らの情報は筒抜けだった。何処へ向かうのか問えば答え、誰一人として顔を隠さず、静司の目さえ隠そうともしない。
 ──つまり、用が済めば始末する肚だ。或いはそれ自体が目的である可能性もある。
 そして、助手席で煙草を燻らす男には見覚えがあった。

 以前、的場傘下の祓い屋が相次いで狙われる事件が起きたことがある。
 犯人は人を操る妖『凶面』を自らに取り憑かせ、同業者を襲っていた中年の祓い屋だ。

 ──あの男に、似ている。

 その顔を凝視すると、視線に気づいたように男は静司を顧みた。一見柔和そうな糸のように細い眼は、ひどく残酷な色に光っていた。
 数時間の走行の末に、辿り着いた的場家の別荘の鍵を、男がどのようにして手に入れたのかは知らない。さしもの静司も、そんなことにはもはや頭が回らなかった。相手の思惑ははっきりしないが、少なくとも生かして帰す気が無いことだけは明らかだ。
 鍵を開けて入った無人の筈の別荘の中には、既に数人の人間の姿があった。恐らく完全な計画的犯行なのだろう。
 後ろ手に腕を捕らえられた静司が、乱暴に絨毯の上に突き飛ばされる。その静司を一目見ようと、幾つもの首が伸びてくる──静司は思わずゾッとした。
「私は珍獣じゃありませんよ」
 虚勢と悟られまいと、静司は薄笑いを浮かべる。その横面を件の男が容赦なく張り倒すと、細い静司の体は簡単に地面に投げ出された。
「身分をわきまえたまえ」
 どっちがだ。静司は視線で毒づく。するともう一発、平手が頬に炸裂する。
 男は笑っていた。
「君は今、的場の総帥ではない」
「ほう」
 挑発的な態度は命取りだ。それは静司にもわかっている。だが、許さないのだ。生来の誇り高さが──この蛮行に屈することを。
 だが、絶対的優位にある男は、そんな鼻面を簡単に折ってしまう。今、彼は的場静司という男を微塵と怖れてはいない。
「君は今から──我々の玩具になる」
「……」
「もっと簡単に言おうか。君は今から、死ぬまでレイプされる。肛門が裂けて腸が破裂するまで犯されて、そんな澄ました顔はしていられないよ。覚悟はいいかね」
 ──いいわけないだろう。
 静司は反射的に動く体を止められなかった。起き上がると見せ掛けてくるりと後転すると、集団に向かって置いてあったローテーブルを力一杯投げつけたのだ。
 悪いことに、当然それは大した抵抗にはならなかった。ローテーブルは脚がもげ、ボード部分も破損したが、怪我人は出なかった。女が一人混じっていて、肩に当たったなどと喚いているだけだ。静司は舌を打った。

 ──君は今から、死ぬまでレイプされる。肛門が裂けて腸が破裂するまで犯されて、そんな澄ました顔はしていられないよ。
 覚悟はいいかね。

(……嫌に決まってるだろ!)
 ぐ、と閉じた瞳の裏に、愛しい男の顔が浮かぶ──いや『愛しい』などと言うのは余りに厚かましいのかもしれないが。
(周一さん)
 以前の静司なら、こんなことで音をあげたりはしなかったかもしれない。したいだけさせておいて、眈々と退路の是非を見定めて、たとえ死んだとしてもそれまでと、諦めも早々に運命に任せることに異論を挟まなかったかもしれない。
(……周一さん、助けてください)
 脆弱な他力本願に、我が身ながら嫌気がさした。だが今、出来ることといえば、自害するか耐えることくらいだろう。前者は問題外だとしても、胸を焦がすほど恋うるものある身に、この仕打ちに耐えるのは余りに辛い──。
「さて、余興をはじめようか」
 残忍な笑みと共に、嬉しそうな男の声が別荘に響いた。







 恐らくは主犯であろう、例の凶面の男は、静司の監禁を仲間に任せて、自分はベランダで煙草を吸っている。その様子を横目で苦々しく睨み付けながら、寝台に鎖で拘束された静司は唇を噛んだ。
 何人もの男たちが静司を取り囲んでその体をなぶる。中には眼帯に手をかけようとした者があり、静司は思わずその手を噛んだ。
「痛ェな!!このガキ!!」
 バシン、と頬を張られる。するとベランダからクックッという押し殺した笑い声が聞こえてきた。あの男だ。
「やめておけ。その呪われた眼に触れると悪しきものに憑かれるぞ。何しろ、積年の妖の怨みの代物だ」
 値踏みするように静司を見下ろす。大抵の男は皆こうだ。的場家の頭主という肩書きを気にする必要がなくなれば、すぐにこうして色に走る。目で犯されることなど──慣れている。
「犯っちまっていいか?」
「好きにしろ。殺すなよ」
 まるで日常会話のようなやり取りだ。静司は反射的に囚われた両腕を動かそうとするも、鈍い鎖の音がジャラと鳴っただけだった。動かない──完全に。
 一人の男が着物の隙間から手を突っ込んで、静司の太股を撫で回す。鳥肌が立った。
 やめろ。ちくしょう、気色悪い!
 閉じた両脚に力をこめて抗うと、男は静司の白い首筋に両手をかけた。
「ぐっ……!」
 喉笛をじりじりといたぶるような絞め方には、余裕さえあった。だが絞められているほうの静司は堪らない。押す位置が絶妙なのか、肺に残った息を少しずつ吐くことはできても、吸うことができないのだ。
「ぅ………あっ……」
「抵抗するなよ、かわいこちゃん」
 面白半分に首を投げ出された、静司はひどく咳き込んだ。
 それに興奮したか、獣性を剥き出しにした男は、もう既にいきり立ったペニスをもろ出しにしている。異様な大きさと黒々とした色に、静司はぎょっとした。
「口を開けよ」
 男は命じながら、静司の首に再び力を込める気配を見せた。
 否応なく男の黒々とした巨大な逸物を口に含む。吐き気がした。サイズの問題ではない。堪らなく不快だった。
 別の男は横倒しにした静司の真っ白な尻を掴みながら、舌で秘所を蹂躙する。ざらついた舌でしゃぶり、硬くした先を捻じ込んで、わざとジュルジュルと音を立てて肛門を犯す。
 反射的に跳ねる静司の体は、なお与えられる刺激に耐えようとしている。その凌辱に屈すまいとする態度が、男どもの醜い征服欲をさらに昂ぶらせた。
 肛門を弄んでいた舌が、今度は前を責める。神経が集中した部分を、ぬめる舌のナメクジのような感触でいじくられ、静司はぐちゃぐちゃになるほど強くシーツを掴んだ。
「おら、口がお留守だぜ、静司ちゃん」
 軽蔑するような言い様と共に、巨根が喉の奥まで突っ込まれる。声帯を押し潰されるような圧迫感に何度もえずきながらも、静司は無理矢理抽送を繰り返すその蛮行に抗うすべが無い。
 断じて快楽からではなく、苦痛によって、静司の抜けるように白い肌が紅潮する。苦しみの余り、目尻から自然に涙がこぼれる。だが、その悲壮な様も、所詮は男を喜ばせるだけだった。
 別の男が入って来る。傍らに女が寄り添っている。それを目にした瞬間、静司の口におさまっていたものから熱い粘液が大量に噴き出した。
「ぐはっ……がッ、ふ……がはッ…!」
 抜き出されるや、静司は激しく咳き込んだ。大量の精液が喉から逆流する。とんでもない量だ。一滴たりとも飲み下したくない──その一心で静司は口の中に残ったぬめりを何度も吐き出そうとする。
「……しゅ、いち、さ……」
「ああ?何だって?」
「……」
 悔しさに、涙腺が吊る。
 ──だが、泣くもんか。
 一滴たりとも、涙など流してたまるか。
 汚泥にまみれた静司は揺れていた。もはや冷徹になりきれない自分を痛感していた。

 だが、機を狙う目はまた別だ。
 取り上げられたスマホとは別に、静司は通話とメール専用の携帯を一台持っている。それを袖の中に隠し、今はごちゃごちゃにこじれた手を縛る鎖の下に紛れさせてある。電源は切ってあるから、感づかれる心配はまずない。
 命綱になるかどうかは、五分五分だ。チャンスがめぐってくるかどうかもわからない。でも、電源さえ入れる時間さえあれば、あとは歯でも舌でも操作できる──。

 そう。一瞬のチャンスさえあれば。







 静司の媚態に煽られた男どもの肉棒は怒張し、先ずは一人目の逸物が、這わされた静司の秘部に呑み込まれていた。
 凶暴で、いたわりなど微塵も無い暴虐が、弱々しく首を振る静司の腸襞をかき分ける。たっぷりと弄ばれた静司の肛門は、己の意思に反して汚れた肉棒をキュウキュウと締め付ける。その如何とも形容し難い無窮の快楽が、ますます埋め込まれた雄肉を肥大化させていく。最奥まで到達すれば、静司の喉が反りかえる──その凄艶な媚態に喜んで、一人目は即座に果てた。
 見知らぬ男の精液に身体の奥深くを犯されている間にも、唾液まみれの汚れた舌が、静司の肌という肌をねぶり尽くそうと這い回る。羞恥と憤怒に赤らむ静司の肌に、発情した雄の唾液がねっとりと塗りつけられ、ますます艶を増す。
 二人目の男は不気味なほど執拗に静司を攻め立てた。一度目の暴虐に痛々しく裂けたそこから指を使って精液を掻き出すと、それを静司の唇に垂らす。静司がそれを拒絶すると、舌で舐め取って無理矢理嚥下させるのだ。
「やめ………ん……!」
 もはや抵抗らしい抵抗は何もできない。静司は鎖の中に手を潜り込ませて、ひそませた携帯の硬質な手触りに理性を預ける。
(……周一さん)
 口の中を蠢き回るおぞましい舌の感触を、意識の深層に残る記憶と想いが打ち消していく。
 この心を抱いていい、それは唯一の男。今までも散々何人もの男に体を抱かせておいて、唯一もくそもないが、静司とて心だけは自由だ。心までは決して触れさせない。

 彼の手が触れた身体。首筋、胸、背中。性器も、肛門も、その奥も。何人が抉じ開けても、決して誰にも触れさせないものがある。そこに触れていいのは彼だけ──名取周一だけなのだ。

 いつの間にか体内を犯し始めた男の肩に、顔をうずめるようにして静司は啜り泣いた。
 ──周一さん、周一さん。
 もつれた舌で、思わず何度も名前を呼ぶ。相手はそんなことを気にする素振りもなく、緩急をつけて何度も腰を突き上げる。相当締まりの具合が良いのか、男の息はすぐにあがる。
 男と交わる静司の媚態をじっと側で見つめる女が、急に顔を突き出して二人の結合部分を舌先で舐める。男女の荒い息と性臭が部屋を満たしていく──凄まじきは性の悪徳。







 転機は一瞬だった。
 有象無象がわらわらと部屋から出ていき、部屋に鍵をかけた一瞬を見計らって、静司は気絶したふりを止めた。
 確りと開眼した静司は、もつれた鎖の下に潜り込ませた携帯の、くまモンのストラップを口で引っ張った。十字キーを無理矢理舌で押すと現れる、最初のリダイヤルネームを確認すると、またしても通話ボタンを舌で押す。

 チェストの上のカメラのレンズは鷹の眼のように、じっと静司に向けられている。

 携帯を自分の体で隠すようにして、静司は呼び出し音が鳴り出すのを待つ。カメラの赤いRECマークと電子音が動悸を逸らせる。恐らくは扉の向こうにあるディスプレイに、この姿は丸写しだ。早く──早く。
 一秒が何時間にも感じられる。鼓動がうるさい。呼吸があがる。
「……」

 その時、コール音が急に止まる──繋がったのだ。
 静司の背筋を突き抜けるような高揚感が走る。

 ──が、同時に扉の向こうが騒がしくなった。慌てたようにドアの鍵を開ける気配がする。いけない──間に合うか。
 向こうが答える間もなく、静司は通話口に向かってとにかく早口で捲し立てた。
「周一さん!周一さん!?助けて──助けてください!聞こえますか周一さん……!!今、阿蘇の別………あッ!?」
 破裂するように扉をこじ開けた男が、怒濤のようになだれ込んでくる。一人が持った、壊れたローテーブルの板が投げつけられて、静司の頭の上で凄まじい音をたてて崩壊する。
 携帯の向こうで、周一が激しく語調を荒げる。
『静司!静司!?』
 大股で歩いて来る男が、額に血管を浮かせて静司の頸を押さえつけ、頭の下に手を突っ込む。
「………しゅ、いち…さ…………あ!や、やめろ、貴様ッ……!」
 そこから携帯電話を奪い取ると、男はそれを静司の目の前で破壊した。
「………警察にたれ込んだのか」
 糸のような目をしたまま、男は言った。
「まさか」
 静司は咳き込みながら、クククと笑う。
「しかし……盲点だったでしょう?」
「何がだね」
 静司はあがる息を抑え込み、わざと高圧的に言い放った。
「中年のオヤジには携帯とスマホを一台ずつ持っているなんて考えもつかなかった、というところですね。スマホだけを取り上げてすっかり安心していたでしょう?」
「……」
 相手の怒りにひきつった顔を見た静司は、とうとう声をあげて哄笑した。
 可笑しくてたまらなかったのだ。
「笑うなクソガキ」
「これが笑わずにいられますか」
 囚われの身とは思えない。自分でもかなりの綱渡りだと自覚している。だが笑いが止まらない。これは事実上の、静司の完勝であった。
 携帯は繋がったのだ。しかも愚かにも、男はそれを壊してしまった。一体どこに連絡が入ったのかが分からないままに。その事実が、もはや迂闊に自分を始末することはできない、強力な命綱になる。
 そして多分──もう、大丈夫。
 静司は誰にも聞こえないくらい小さな声で、愛しい男の名を呼んだ。

 ──さあ静司。
 耐えるのは、今少しだ。


【了】


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