Instinct
Dear うご様


「……まぶしい」

 寝起きのかすれた声が、ぼそりと朝日に抗議する。
 運転席のシートにすがり付くようにして体を丸めた静司は、きゅっと唇をすぼめて、細い眉をひそめる。
 車は林道の中に停車してあるため、射光はさほどではない。だが、ことさら日光に弱い静司には辛い──まだ日が昇って間もないために多少は耐えられるが、長時間陽光に晒されると具合が悪くなるのはいつものことだ。
「起きたの?静司」
 低血圧特有のうすら惚けた寝起きの頭で助手席に座った髭面のほうをチラリと一瞥すると、静司の心臓がバクンと鳴った。見たことないおっさんが居る──と思ったが、いや待て。よく見るとよく知ってるおっさんだ。
「周一さん……」
 朝イチで見詰めるには刺激的過ぎる物体だ。世の夢見がちな乙女たちがこの男を見たらどう思うだろうか。汗と垢にまみれ、異臭を放つ髭面の浮浪者──この男が、あの名取周一だなんて。
「あーもう、くっさいなあ……」
 しかし、そこはさすがに二足の草鞋を履く稀代のハードワーカー。数時間昏睡してすっかり正気を取り戻した周一は、自分のシャツの中に顔面を突っ込んでその臭気をモロに受け、これ以上もなくその端整な美貌を歪める。自画自賛をキャラとする名取周一は、本来自らにこのような有り様を己に許す男では決してない。それだけに無惨だ。
 周一が頭をバリバリ掻くと、フケらしきものが落ちる。頭皮か脂か知らないが、大概汚い。
「なんか、大変だったみたいですね……すみません」
 昨日の阿蘇の別荘で起きた惨劇の主人公である周一は、何故かボロボロのルンペンスタイルで、巨大な斧を携えて別荘に現れた。現場を目撃したわけではないが、リビングには斧の斬撃によってやられた有象無象がバタバタと倒れており、救出された静司はその暴虐の名残だけを目の当たりにして現場を逃れたのだった。
 犯されまくって昏睡していた静司には、何があったか未だに謎のままだ。
 申し訳なさそうに肩をすくめると、自然と上目使いになる。目が合うと、周一は苦笑した。
 静司の胸はまたしても揺れる。汚いおっさん──の筈が、笑うと猛烈に野性的な官能がただよう……ような気がする。寝起きで頭がイカレてるだけかもしれないが。
「……たまたま不幸な偶然が重なっただけだよ」
 あっけらかんと周一は言った。
「大体疲れてようがいまいが、あんな電話を受け取って安穏と寝てられる神経はさすがに無いな」
「………ありがとう」
 散々ハードな仕打ちを受けた後であるからか、自然と受け答えが素直になる。滅多と聞けない静司の礼に驚いたのか、周一は目を丸くして、眩しげにそれを細めた。
「天変地異の前触れかな」
「二度と言いません」
「……ごめん、嘘だよ」
 またしても困ったように苦笑する。だめだ、と思った。静司の鼓動はどんどん速くなっていった。
 視線が交錯して沈黙が流れると、どちらからでもなく、唇が合わさった。静司も静司で、散々あの煙草臭い髭面の中年呪術師に犯された後、処理のひとつもしていない。
 汚れているのは、お互い様だ。






 国道57号線沿いを走るプリウスだった何かは、どちらが言うでもなくワンルームワンガレージのモーテルに停車する。今時こんな施設があるのかという時代錯誤な建物──古いガレージを改築したような、トランクルームみたいなモーテルである。
 スクラップを停めて、なだれ込むように部屋に入る。中は狭いが、意外に普通だ。ティファールの湯沸かしポットまで置かれている。家にあるのと色違いだ、と静司はぼんやりと思った。
 シャワーのひとつも浴びればよいものを、火のついた二匹の若き淫獣にはそんなことはもう頭に無い。昨日の今日、あの災禍の主役二名は既に発情しきって、もはや互いの体にしか興味がない。
 ベッドに辿り着かない内に周一は静司を抱き寄せる。猛烈な男の汗の臭いに、どういうわけか静司は性的な興奮を覚える。動物園が好きな静司には何となく覚えのある臭気だ。草食動物舎ではなく、クマとかハイエナとか、そんな辺の臭いだ。
 キスをしながらベッドになだれ込む。静司は完全勃起した自分の股間を押さえて、何度も周一の唇にしゃぶりつく。手入れされていない髭の感触。ああ、どうしよう。どうしてだろう──たまらない。
「どうした、静司、大胆だな」
 きれぎれの呼吸で周一は喘ぐ。
「すっげえニオイ……」
 ニィ、と嗤って挑発する。周一も笑う──淫靡な笑みだ。
「君もな。精液の臭いがする。また犯されたんだろ?この可愛いケツの穴を」
 着物越の尻を軽く叩かれる。あ、と静司は声をあげた。
「スパンキングが好きなのか?相変わらず変態だな。ほら、中出しされた穴を見せて。キレイにしてあげるから」
「あ、ちょっ……」
 ──それはさすがにまずい。静司は躊躇する。
 あの男が病気持ちでない保証はない。しかも、静司を犯したのは彼一人だけではないのに。
 静司の戸惑いを嗅ぎ取った周一は、またしてもあっけらかんと言い放つ。
「毒喰わば皿までだ」
「何が毒で何が皿ですか」
「百編犯すぞ腐れドMが」
 体をひっくり返され、周一の体の上に乗り掛かったまま尻を顔面に押し付ける格好になる。自分の目の前にはパツンパツンになった周一の汚いジーンズの盛り上がりがある。何をしろというのかはもはや一目瞭然だ。
 静司はジーンズのボタンを外して、ナニを巻き込まないようにゆっくりとファスナーを下げる。ボクサーパンツからはみ出そうなムスコさんを取り出すと、封印されていた強烈な雄の淫臭が鼻腔をついた。
「しゃぶれ」
 冷徹な指令に触発されたか、どういうわけか静司のそれはもうガチガチだ。触られたらそれだけで出てしまいそうなくらい興奮している。
 恐る恐る周一の四日くらい洗っていない局部を口に含む。硬い。デカイ。長い。しかも、臭う。
(ああ、でも、これ)
 反対側では着物の中に顔を突っ込んだ周一が、静司の太股をベロリと舐める。抵抗した時に出来た擦り傷の上に、ピリと軽い痛みが走って、静司は震えた。
(周一さんのおしっことか、精液とか、カウパーとか、そんなのが)
 いわゆる恥垢──を自分の口できれいにする。普段の高飛車な静司では考えられない挙動。考えただけで性器が質量を増す。まだ核心に触れていないのに、今にも達してしまいそうだ。
 最初は恐る恐るだったのが、次第に大胆になる。日本人らしく仮性包茎気味の周一のペニスだが、勃起して完全に剥けている。根元からカリ、裏筋、四日間のせめぎあいで否応なく恥垢のたまった亀頭と丁寧に舐めまわすと、ペニスは唾液と先走りでてらてらと光り、溢れるカウパーが静司の口の周りを汚す。羞恥と興奮で頬が赤く上気しているのが自分でも判る。周一の呼気も荒くなる。
 その周一の舌先が、静司の秘所に触れる。いわゆるシックスナインの体勢だ。
「……あぁっ……!」
「中で出されたんだろ」
 上で跨がる体勢の静司の尻を、周一は強く掴んでこじ開けるように割る。
「いやっ!あ……!」
 ドロッと、何かが溢れる感覚。周一の目の前で、体内に封じられた汚穢が暴きたてられる。激しい嫌悪に皮膚が粟立つ。
「全部キレイにしてやるよ静司。全部キレイにして、今度はおれのザーメンで中を一杯にしてやる」
「……!」
 とんでもなく卑猥な言いぐさに、静司は真っ赤になる。これが名取周一だろうか。優しくて、柔和で、丁重な、あの男なのだろうか。
 互いの穢れた恥部を舐め合いながら、濡れた音と荒い息だけが部屋を満たす。発散される体臭は静司にとってはもはや興奮材料でしかない。ふんぷんたる雄の臭気──恥垢と汗の混じった淫臭が、静司の舌に清められていく。
 周一は静司の白い双丘を割り、流れ出る淫液を舐め取っていく。汚された内部に舌を埋められ、静司の背が反り返る。その隙に悪大官みたいに乱れた帯を抜き取られると着物の袷がはだけ、静司の裸体が露になった。
「いい眺めだな、静司」
 言うやいなや、背中から体を引かれ、静司は周一の顔面に騎乗する格好になる。身体の向きを前にひっくり返され、局部をなぶる有り様が一望できる体勢を強いられて、周一の舌は飽くことなく静司の汚された穴を愛し、その上で静司は悶え舞う。
「あ……きもちいい……!周一さん、きもちいいよぉ……!」
 じゅるじゅるといういやらしい音と共に、周一の舌が縦横に静司の体内を行き来する。
 もう限界だ。我慢できない──。
「ひ、あっ、あぁッ…!」
 ガチガチになった静司のペニスから、白濁が迸って周一の顔に飛び散る。その舌が散った精液をペロリと舐めて、そのまま射精したばかりの静司を力任せに押し倒して組み敷いて、今度は萎えかかったペニスを口の中に含んだ。
「い、いやあっ、もう、触っちゃ嫌だ、周一さん、やだぁ……!」
 泣き声のような懇願が漏れると、周一の表情がサディスティックにつり上がる。吐精後の敏感な性器をまだ執拗に弄ばれ、否が応にも洩れる声は泣き声になる。
 けれど、最たる羞恥は、自分がそれを求めていることだ。自分が出した濃厚な性液の名残を、周一が舐めてキレイにしているなんて──正気の沙汰で考えたら、羞恥で死んでしまいそうだ。
 散った精液をシーツで拭い、今度は静司の太股を左右に広げて抱えあげると、周一の唾液と静司の淫液、見知らぬ他人の精液の混じった「性器」に周一は自らの逸物をあてがった。それは排泄気管などではない。男になぶられればすぐに昂る、まさに性器だった。
「全部こいつで掻き出してやる」
 幾ばくかの口惜しさを含んだ言いぐさに、静司は場違いにもドキリとする。今までにも幾度となく男どもに蹂躙されてきた身体だ。今さらプライドもクソもあったものじゃない。でも──でも。
 ズブズブと怒張が体内に入ってくる感触は、どこか暴力的なものだった。だがペニスが根元まで突き刺さる頃には、静司の太股はヒクヒクと痙攣を始めていた。
「動かしてやろうか?」
 そう耳元に囁かれて、静司は食いつくように周一の首にすがり付いて何度も頷いた。出して、入れて、突いて、突いて、突きまくって──中を掻き回して、無茶苦茶にして欲しい。その浅ましいほど生気に満ちた野蛮な体で、犯し殺して欲しい……!
 ぬちゃ、ぬちゃ、という卑猥な音が鳴った。カリの部分に圧迫され、静司の穴の奥からは見知らぬ男の精液が押し出されて股関に溢れる。静司は自分の穴の中を出たり入ったりしているペニスをじっと見つめながら、頬を上気させてひたすら喘ぐ。
 周一は静司の頬をベロリと舐めた。静司の背中がびくんと反った。髭の伸びた野蛮な男──野性的というよりも、ナチュラルに汚い。でも、この男に抱かれたかった。知らない連中に輪姦されている間も、ずっとこの男のことを考えていた。非道な行為を強要されても、彼を思えば耐えられた。
 ──見目とは違う、獰猛な彼の激しい愛し方を。
 散々穴の奥深くを掻き回され、静司は悶え狂う。自分本位のセックスとはかけ離れた技巧でありながら、それにはまるで容赦がない。それは愛しい男と繋がる悦びか、被虐の快楽か。いずれにせよ、性愛の悦びに囚われた者はもはやヒトではないと静司は思う。それは亡者だ。悦楽の亡者──まさに今の己がそうであるように。
 鋼鉄のように固い亀頭がアナルを突き上げ、引き抜かれる際に太くエラを張ったカリに激しく擦られ、また再び突き入れられる。それらの動きひとつひとつで、静司の細い腰は震え上がる。律動に応じて身体が淫らに揺れる。
「周一さん、イク、また……またイってしまう……!」
「おれもだ、静司。静司、あぁ、はあッ……!!」
 射精衝動に逆らわず静司が達したすぐ後に、周一のペニスの先が最奥に埋め込まれる。鈍い痛みを感じながら、静司は体内に熱い吐精を感じた。
 同時に、静司の身体が痙攣した。脱力と共に襲い来る新たな欲求と共に、シャーッ、という軽妙な放水音が自身の鼓膜に響く。
 僅かに色づいた小水が静司の性器の先端部から噴き出し、シーツに染みを作っていく。
「……っく、ぁ、はぁッ……!」
 溢れだした尿は止まらない。
 切れ切れの呼吸と共に、静司は真っ赤になった顔を背ける。なんという痴態だ。強烈な快感にかまけて、まさか失禁するなんて──。
「……っ」
 余りの羞恥に、目尻が吊る。思いもよらぬ醜態に、どうしたらいいのか判らない。
 ──だが、周一は。
「……おしっこ漏らすほど気持ちよかった?ん?」
 あからさまに卑猥な詰問と共に、キスが降ってくる。静司は眉を寄せたまま、その顔を見詰める。謝ればいいのか、どうすればいいのかわからない。
「出そうなら言ってくれたら、全部飲んでやったのに」
「!」
 信じられない発言に、静司は陸にあげられた魚のように口をぱくぱくさせた。どう抗議すればいいのかわからない。卑猥どころではない。この男、名取周一。
「この……淫獣!!」
 お決まりの平手は簡単に掴まれていなされる。ぐしょぐしょのシーツの上に容赦なく転がって、周一は強引に静司の唇を奪った。
 男のセックスの目的は射精の快感。真っ白になる絶頂の一瞬。でも、それだけなら自慰でいい。刺激的なのは、セックスが絶頂のためだけにあるわけではないこと──相手との交合であることだ。
 精液と唾液と尿で濡れそぼった性器をこすりつけあって、静司と周一は何度も何度もキスを繰り返す。それだけでまた、第二ステージに突入してしまいそうだ。
 だが、倒れ込むように折り重なった、二人の荒い呼吸は次第に落ち着いていく。汗くさい胸板に耳を当てると強い鼓動が聞こえて、静司は目を細めた。何故か愛しくてたまらなかった。
 やがて、荒い呼吸は時計の秒針に取って代わられる。

 いけない──このままでは、また眠ってしまいそうだ。

「……ねえ、周一さん……」
 身体の下の周一の、肩口をつつく。既に半分眠りつつあったらしい周一は、無理矢理現実に引き戻されたように顔を歪めた。
「うん?」
「……取り敢えず、いったんお風呂に入りません……?」
 股間はもう何が何やらわからないくらい猥褻な淫液でグショ濡れだ。互いの出したものだけならともかく、よく知らないおっさんのまで混じっていると思うと──確かに少々気分が悪い。
 もしも奴等が病気持ちなら、もはや手遅れなのは間違いないが。
「………ああ。そうか、ごめん」
「え?」
 謝罪。如何したかと静司は首をかしげる。
「……散々汚いものを舐めさせたもんな」
「……」
 ああ、なるほど。
 ──それはそれで興奮したのだが。言おうとしたが、静司は黙った。
「汚いのは、こっちもですよ」
 今度は静司が苦笑した。
 相手に思わぬエロティシズムを感じる瞬間とは、大部分がギャップである。普段は泥臭さとは縁の無い周一が、汚くて臭いおっさんに成り果てた壮絶なギャップは、静司に自分でもよくわからない「萌え」のような何かをもたらした。別に常にああしていて欲しいわけでは決して無いのだが──。
「毒喰わば皿まで、でしょ?」
 静司は笑った。
 静司はベッドで唖然とする髭面の周一の手を引いて、強引にバスルームへとエスコートする。ここでは此処で、別にやりたいこともある。
 髭を剃ったり、体を洗ったり。仮性包茎のアレもちゃんと洗ってやらないと──この周一を徹底的に綺麗にするにはきっと時間がかかるだろう。たとえば汚れた巨大なマスチフ犬を洗うみたいに。
 バスルームの扉の前で、静司がおもむろにキスを求めると、壁に静司を押し付けるような格好で、周一の唇があわさった。それは思わぬほど優しいキスだった。
 ああ、何だか、現金なのかもしれないけれど。散々やりまくって、喉元を過ぎた熱さを忘れてしまっただけなのかもしれないけれど。

 セックスなんてなくてもいいから、もっとあなたに触れていたい──。

 こんな気持ちは、きっと初めてだ。
 静司は目の前の汚れたマスチフ犬みたいな男を抱き締める。相も変わらずひどく男臭い蒸れた身体に──愛おしげに頬を寄せて。


【了】


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