「明日、また。」


『……浅ましや、ついぞ没落の坂を転がり落ちていくのみの在りし日の名家の末裔の御歴々が、どのような手段をもってしても最後の名誉を守らねばならなかったのは、的場家による独裁が、名取家の凋落と同一視されるのをいちばんに恐れたからとは如何にも皮肉と言えよう──』


 的場静司は、おおよそものを達者に喋るようになってからというもの、人生の終わりについてよくよく考えるようになった。それを聞くと、些か生意気な子どもであるように思われるが、実は大勢の間抜けな大人が考えているより、こうした思索を深めていく子どもは決して少なくない。もっと言えば、ひとは一揃いの言葉を習得すると、意識は急速に死に向かって走り始める。何故ならそれは究極の謎だからだ。子どももまた──いや、子どもであればこそより最短距離で「つまるところ」を知りたくなるのである。その点で、静司はある種の貪欲な知識欲をもつ子どもとして、健全な精神構造を持っていたと言えるだろう。
 そして、それにまつわる言動には、死に接するという体験が多少なりとも関与していると考えられている。幼くして家人や近しい者が身罷るという不幸に遭うといった経験は、子どもの考え方や考えの偏りに、善しにつけ悪しきにつけ、決して少なくない影響をもたらすものであるようだ。
 さても、望まずとも祓い屋の大家に生まれてしまった以上、生死の境界を覗かずにいることなどできはしない。静司はそれこそ物心がつく前から、記憶装置が物事をエピソードとして記録しない時分から、その目で数多の死者を見つめてきた。そして、誰からも教わらぬうちから「自己の死」と「他者の死」には、「無」と「喪失」という著しく異なるふたつの隔たりがあることを識った。このことは「死」を語るのに避けては通れぬ認知のからくりであるが、このことは主題ではないので此処では詳しくは触れないこととする──。

 的場一門の中でも、とりわけ的場家に奉公する形で一門と関わる祓い人は、仕事絡みで意図せず命を落としたケースに限ってすると、ほぼすべての事案で、いわゆる「葬儀」にカテゴライズされるセレモニーを出すことをしないのが通例となっている。
 たとえば今日では、家族葬や密葬というコンパクトな弔事も十分に広まってきているが、これは規模や弔問客らを問題にしているのでは無く、犠牲者が祓い人であれば、たとえば遺体が妖に乗っ取られてしまっていたり、実際に禁術の中には屍体操作術なども存在するため、そうした用心を兼ねてのことなのである。
 そして、祓い屋の中でも、的場一門の直参だけがそのような用心を兼ねてセレモニーを避けるのには、当然ちょっとした理由がある。
 的場一門とは、日本の歴史の裏側で影のように暗躍してきた古い姓をもつ一族であるが、その勢いが──とりわけ暮らし向きが常に上向きであったわけではない。歴史の闇で、様々な生存競争を競り抜き、呪術師、そして祓い屋として様々な時代を生き抜いた彼らのエピソードの中には、こんな話もある。


 的場家は、日露戦争から第二次世界大戦終結へ到る数十年の歴史の混乱期にあって、秘密裏に政商として自国政府に顔を利かせていたことがある。小さな火種はドミノ倒しのように戦乱へと向かい、だが青年ボスニアの暴挙に、まるで無関心であったオーストリアの人々は、それが開戦の合図であるとはついぞ知らなかったのだろう。醜悪な民族主義、理想とはかけ離れた血なまぐさいロシア革命、史上最悪のインフルエンザのパンデミックであったと言われるスペイン風邪の猛威といった様々な事柄が、夥しく社会不安を掻き立てていた時代のことである。
 政商としての的場一門は、囲われることは好まず、相手が国家であってもその態度を曲げることは無かった。だが、政商としては常に報酬如何で、禁術と呼べるものを幾つも編み出しては、実用レベルで成功させていった。そして、それはいずれも、一言で言うならば、「生命の在り方を問い直さねばならなくなる」ような類の危険なものであるのには違いなかった。
 性善説に基づく無知で愚かな楽天家どもに言わせれば、「神の領域」とやらを侵すそれに比べれば、いっそ不特定多数の死者を想定して疫神と契約するほうがよほど道徳的には正しいように見える──だが、性善説など吐息一つで吹き消してしまう的場一門の圧倒的な力に、逆らえる者などそうはない。古くから地元の権力者であった的場家が更に地盤を固めるために最後の楔を打ったのは、間違いなくこの時代であると言っていい。
 しかしその後、再び暗雲が世相を覆い、世界大恐慌が始まると、決定的に不穏当な時代が訪れる。それは間違いなく第一次世界大戦によるナショナリズムと不和による連続的な鬱憤と紛争の臨界点であり、多くの紛争で貧しい国は富める国に支配され、ヨーロッパではイタリアの国家ファシスト党、ドイツ労働党が台頭した。
 現代においては狂気のミームとして引き合いに出されることの多い後者とヒトラーを支持したのは、頭のおかしな極右の変態どもでも、レイシズムを声高に掲げる国家主義者たちでも何でもない、すなわち「普通の人々」であったことは、当時の的場家頭首を滑稽本のように愉快にさせたものである。それは、のちにイスラエルでアレントがアイヒマンを批判した「悪の凡庸」そのものだったに違いない。そうした人間の、どの時代においても進歩の無い愚かさや業深さが、当時の的場一門の長の眼にどのように映ったのかは、どこにも記録されていない。果たして飯のタネだったのか、目の上の瘤であったのか──その血の末裔としては、本音を知りたいと思うのは、つまらないし馬鹿げているが仕方ないことだと、率直に静司は思う。
 斯くしてヒトラー率いるナチス・ドイツは1939年のポーランド侵攻に端を発する第二次世界大戦を引き起こした。反ユダヤを掲げるナチス・ドイツによるホロコーストは、世界に劇的な印象を遺す。そして世界は、東西冷戦に向かってきな臭い時代が続いてゆくことになる──。

 そして1944年。終戦を翌年にひかえ、死に体の大日本帝国をはっきりと後ろ楯とするには、もはや政商という地位は余りにも脆く、怪しかった。この頃既に名家と呼ばれて久しい的場一門にしても、試練の時代であったと言える。そして翌年、第二次世界大戦が終結した時、それらの禁術のあらかたは、混乱の最中に一門からそっくりと持ち出されていた。的場家は祓い屋大家十一家の長としての体裁を繕うのにもはや精一杯で、その実態は迷走をきわめていたのだった。
 終戦後は皮肉にも、そうして持ち出された禁術を会得した外法の呪術師たちからの、古くから続く的場一門の独裁に対するプロテストが各地で行われた。それは簡単に言ってしまえば、呪詛による私刑であった。
 経緯としては、最終的には的場が自ら生み出した禁術を回収、解体、封印することで(その過酷な作業は、このように単純化された文脈からは読み取れないほどに悲惨なものであったが)、蒔いた種を刈ることになるのだが、最終的な事の鎮圧に至るまでには、双方共に相当数の呪術師たちがむごい死に様を晒すことになった。的場が政商というべき胡乱な立場から軽々しく生み出した忌まわしい呪術によって、一門が十字架に架けられたという封印された歴史の裏側である。──だが、無論それは静司の咎ではない。
 余談だが、この紛争の死者たちは、敵味方を問わず、ことごとく的場家の所有するとある古井戸に沈められたというが、その結論にいたった経緯や詳細については不明である。

 これらの事柄の詳細を静司が知るに至ったのは、名取家の蔵から出てきた書付けによる。それらは恐らく、当時の名取家がわざわざ他所で買い付けてきたものだが、今では出処ははっきりしており、記録の真偽を疑う必要は無い。寧ろ当時の名取家にとってそんなものが何故必要だったのか、それを考えると確かに暗澹たる気分にはなる。
 名取と的場は、古くは対立する家柄であり、その事実は祓い屋の間では常識でもある。それが先んじて名取家が衰退を辿ると、一門の人間も散り散りになった。的場に鞍替えする者も居たが、腕におぼえのある者は一匹狼となるか、そうでなくとも、別の傘下に入ることを選んだようである。
 祓い屋の中には、格式や序列を重要視する──様々な意味での──年寄りが多い。そしてまた、そういった人々は敗者へのうしろ指を何よりも好み、名取と的場の確執を、まるで昨日の笑い話のように騙る。名取家の凋落がどんなに滑稽であったか、衰退に抗うために、彼らがどんなに汚ない手段を使ったか。
 これはまた周一が、当の名取家の出身であり、祓い屋としてのキャリアを着々と積んでいることに対するやっかみでもある。

 甚だ醜悪だ。

 ──醜悪だと静司は思うが、たとえ無礼な態度を正し、煩い口を閉ざすことはできても、どんなに薄汚かろうと、その眼差しまで遮ることは出来ない。それを知っているから、静司はいつも黙っている。黙って微笑みながら、時には心穏やかに居られぬこともある。
 涙を流さず──哭くことも、ある。







『何であれば、名取家というのは政商としての地位を危うくした斯くも賤しい的場家の、終戦、戦後にかけての胡乱な時期を、世間の目から隠匿することに一躍買っていた程である。諦めの悪いことといったら、一握りの事の仔細を知る者にとっては、まこと空恐ろしいばかりだ──』

 カタン、という硬質な生活音に、静司はハッとして顔を上げた。達筆な書き付けは数十枚余りの和紙にびっしりと書き記され、意識を集中しなければ読んでいられなかった。
 自分が座っているダイニングのテーブルに、てきぱきとお茶の一式が用意される。薄手の白いサマーセーターを着た周一は、
過去の自分と死との関わりを回顧する、うざったく湿った心持ちでは直視もできないくらいに──生きている。
「チャイだよ。シナモンスティックは?」
「……あ、シナモン、欲しいです」
 周一は声をあげずにこりと静司の顔を見て笑った。
 チャイは、インドやパキスタンで日常的に飲まれるミルクティーだ。強い風味の茶葉をミルクで出し、好みのスパイスを入れる。カルダモン、ジンジャー、シナモン……厳しい気候でのスタミナ補給に、貧しい労働者たちの間で昔から好まれ、長く受け継がれてきたものである。
 周一はこれを、牛乳ではなくアーモンドミルクで作る習慣があるのだが、それがまたすこぶる旨いのだ。静司は思わず生唾を飲んだ──ずいぶん喉が渇いていたようだ。
 苛烈な歴史の記述は、間違いなく的場家の血の歴史であった。だが、結果としてこうして名取の最後の末裔と二人、小綺麗な郊外のマンションのソファに並んで座ってしまえば、不謹慎にも歴史はまるで物語のように思えてしまう。血なまぐさい歴史は確かに存在したのだとしても、それは静司に何かしらの重責を負わせるものではなく、言葉は確かで生々しくとも、それらは書き付けの中の墓碑に過ぎないのだ、と。
 ふたつの世界大戦に翻弄された的場家の盛衰など、まさしく良質のtailであるかもしれない。けれど、静司はこの物語を仔細を読むことを許した巡り合わせに劇的な運命を感じた。もちろんこの文書の随所に顔を出す名取家、その現頭首となる名取周一からこれを手渡されたという事実に。
「熱心なのはいいけど、あまり熱中し過ぎるなよ」
「あなたが呼んだくせに」
「おやおや、与えるオモチャを間違えたかな、私は」
 あきれたような、困り顔がハンサムに見えるのは、きっと自分だけではないから二枚目俳優で売っているんだろうけど。
 優雅にティーポットを操る長い指、大きな手。目を逸らしたふりをして気を引いてみようか。そんな何の損得もない想いが溢れるように沸いてくる。
「……ふっふっふ」
 静司はチェシャ猫のように笑う。
「どうしたの」
「いや失敬……自然発生的なアイロニーとは何とも味わい深いものだと感じ入りまして」
 周一も声を出して笑った。同じ意味を共有しているのかどうかは判らなかったが、恐らく結び付いているであろう互いのこころに対して野暮なことは言いたくなかった。
 確かに手の中にある書き付けを、コンビニのペーパーコミックのように扱うわけにはいかなかったが、実際の感慨ときたら、つまらない小説でも読んでいるようなものだ。
 静司は血──祓い屋の頭目である的場の血統から逃れようと思ったことなど一度も無いし、きっと、これからもそうだ。幼い頃から絶え間無く死臭に晒され、時に死に瀕し、人と人ならざるものの死を見詰め続けた瞳は、過去から連綿と続く一族の呪われたしがらみなど今さら恐れない。たとえ、その歴史のしがらみこそが、修羅の隻眼を育んだのだとしても。
 
『──的場家の近代史にあたる文書を見つけたんだけど、良かったら見に来るかい?』

 一昨日、受話器から聞こえた柔らかい声には動揺もなく、ただ、面白いものを見つけたので見に来ないか──声音から感じ取られるのは、そんな何気ない思い遣りだけだった。
 幸い予定はなく、静司は快諾した。
 ただ、それだけのことだった。
 
『それじゃ明日、また。マンションで待ってるから』

 何を見せられるかなど、さしてどうでもよいことだ。寧ろそれが陰惨で厭なものであればあるだけ、事態と結果の意義が違ってくるというもの──例えば自分の夫と浮気相手の女が不幸に陥れば陥るほど自分は幸福だとに感じて高揚しまうような、ギャップの反作用に朗らかな気持ちになってしまいそうだったからだ。
 まして的場家の過去のアーカイブを漁って何を引っ張ってきても、お世辞の微笑も出はしまい。だが、だからこそ実際には笑顔になってしまうというこの精神構造の罠ときたら──目茶苦茶に絡まりあったエクストリームチャレンジ級の10本の古びたイヤホンを前にして、自分達は新品の1本のイヤホンを片方ずつ聴くような真似をするのだから。
 静司は口に出して、約束の言葉を繰り返す。


「……明日、また」


 明日が約束できる、自分たちは非常に稀有な時代に生まれたようだ(だがその約束が薄氷のオブジェであることを、我々は時折思い知らされるのだが)。
 書き付けられた事柄は壮絶で、非道で、しかしそれは確かに事実であり、かつての名取家の者があからさまな邪心あってその書き付けを買い取ったのは間違いないらしいことがはっきりすると、静司はもう笑わずにはいられない。
 何故も何も、そんなものが蔵の中から何十年ぶりに見つかったとなったら、当の名取家の末裔が的場の末裔である自分に見に来いと、いそいそとこう言うのだから、それは滑稽きわまりない皮肉ではないか。

 静司は笑った。
 互いを決裂させ、いずれかが抜きん出るがためにかつての名家が手にした紙切には、もう何の力も持たない──だけど、そんなことよりも。
 キスしたら、怒るかな?
 ねだったら、できるかも。
 そんなことばかりを考えながら、ああ、今の自分にとっての「つまるところ」は生命活動の是非などではないのだろうと思いつつ。
 ──多分、屈託なく。




【了】


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