『And fond ones are flown,
Oh… who world inhabit.
This bleak world alone?』


-The Last Rose of Summer-









 FMなんか、聴いたことも無かった。


 そもそもラジオを一度として聴くこともなく育った的場の御曹司にAMとFMの区別とて自体つくはずもなく、秘書の七瀬より繰り返し説明を受けてもさっぱり判らないのであって、おれは早々にAM/FMの違いの理解を放棄した。

 けれど、Kumamoto City FMに合わせて放送を聴いている時、時折耳に触れる歌声が聴きたくて、執務を開始する早朝から、ずっと局にあわせっぱなしという始末である。
 便利な耳は、余計な情報を拾わない。別にうるさくしているわけでもないから、せいぜい口さがない若手連中の噂のタネになるのが関の山であろう。

 互いに不自由な世界に生きていれば、やがて心も言葉も不自由になっていく。けれども彼は──名取は、それでも伝えるすべをもっている。役者は与えられた役を演ずるを以て、はじめて役者たり得るのだから。
 だから自分は、なんとしてもその数々の嘘を、耳を澄まして聴こうとするのだ。
 嘘つきの本心を知りたくて。

 周波数FM79.1MHz。

『今夏、一番泣ける曲』と最初に紹介したのはロキノンだったりするのが、相変わらずどの層を狙っているのかが判らないというのが名取らしいと、つい先日のオンエア当初は、身内で散々ネタにして笑っていたものである。









ここにいるきみが
いつかいなくなってしまう日を
ぼくは多分知っていて
その確かな手触りを

やがて消えてしまう想い出を
ぼくはここで 粉々になるまで抱えている

一緒にいる理由があって
一緒にいられない理由があって
数えきれない言葉が
夏の最後の薔薇のように
朽ちる散る
落ちる


昔のひとはどうして
想い出が星になると
そんな悲しい言葉を
詠んだのだろう

いつか消えてしまう想い出を
ぼくはここで 粉々になるまで抱えている
なのに

一緒にいる理由があって
一緒にいられない理由があって
数えきれない時間が
夏の最後の薔薇のように
朽ちる散る
落ちる


芝居巧者になれないぼくは
幕がおりたあと
いつまでも星を数え
いつまでも夜を数えて

ラストシーンが
粉々になった想い出の残骸でも
それを星だときみが言ったなら
きっと
ぼくもさよならを言えるのだろう


きみの想い出に星を見つけたなら
きっと
さよならを言えるのだろう









 ──つい先日のオンエア当初には、あんなに愉快だと笑っていた癖に、今はただ俯いてしまう。
 作詞から何から何まで彼が手掛けたと知って、冷やかすやら感心する面々が居る反面、おれは戸惑った。
 芸能生活を隠れ蓑にしているふしのある彼が、その名目そのものに埋没しているように錯覚する。或いは錯覚などではないのかもしれない。変革の合図、終末の岐路。世界はいつでも、おれの感じるがままに仄暗い。
 人間は、いつでもなにがしかを繰り返すことで生きている。過てど過てど、いつも同じリズムを繰り返すことで、どうにか生きることに耐えているのだ。だから、芝居巧者になれないおれは、きっと夢が醒めたあともいつまでも、宝物にした星を数えているのに違いない。
 名取のことを、最初から信頼などしてはいないことは言うまでもない。
 屈折した愛憎を、手慰みに愛と呼びたいだけなのだ。ただひたすらの因業だ。信頼などしていない──なのに、いちばん大切なものを抱えて震えている自分は、身の内に吹き荒れる雨に崩れ、風に震えて、とうに横柄な態度など形無しだ。

 果てしなく星たちが訳もなく流れ去る。星になった言葉は美しいのに、言葉になった星はなんと冷たいのだろうと、たった独りでおののいて。

 だけどみんな、笑ってるじゃないか?
 ──笑って終わりの、笑い話じゃないのか?
 幕切れさえ芝居のラストシーンなら、何度繰り返しても構わないと言いたくて。けれどもおれには何も言える筈もない。誰よりも不安に怯えている自分が。
 その時には、泣くことができるのだろうか。相手の覚悟を知ってしまったら。
 満ち潮のような愛と、
 引き潮のような終幕に。
 いつか本当の別れが来る時に。


 お芝居ならば、
 幕が降りても──

 もう一度でも
 何度でも
 そばに居てと、
 愛していると言えるのに。


 ──だけど、おれたちは。
 せめて、ラストシーンに手を離してしまうまでの間だけを許された、芝居の中の恋物語。


 ……なあ。そうだろ?


 それは夏の最後の薔薇にも似て。数えきれない想い出が闇に紛れて、嘘の調べと共に、朽ちる、散る、落ちる。願う。
 願う──ただ、ほんとうの気持ちを聞きたいだけなんだ。
 けれども、星になれる言の葉は、砕けて塵になるまでこの胸に抱き続けるから。
 もしも知りたいと思うなら、おれの墓を暴いて、いつか朽ちた骸の残骸にでも訊いみてくれよ。
 きっと、何も答えやしないさ、答えなんてどこにもありはしないんだから。


 ……なあ。そうじゃないか?
 ラストシーンが聴こえる、

 夜明け前の、FM79.1MHz。







ラストシーンに愛をこめて

2016/07/10【名的の日】特別編


初めて名的の日に参加してみました。
読んでくださってありがとう!


【了】


作品目録へ

トップページへ


- ナノ -