10月31日。
 これといって何でもない朝だった。

 祓い屋には決まった休日は無い。仕事が入れば稼働する。妖祓いの現場仕事だけに限れば暇な時は暇だし、余りに仕事が詰まれば、スケジュールを組んで順番にこなす間に休暇を取る。
 つまり休日は不定期である。
 現場仕事には熱心であるが、意外にぼーっとしたところの多い静司にスケジュール管理は非常に重要だ。家人はこぞって超過勤務を妨害するために気を引いたり、深夜を過ぎてもまだ何かやっていたら叱ったり、時には休暇に仕事を持ち込んだりするので、休ませるために大忙しである。
 一度は七瀬が、
「いい年してスケジュール管理も出来ない人にはお嫁さんは来ませんよ」
 と諭せば、当の静司は
「私がお嫁にいくからいい」
 と返してやった。何のことか想像がついたらしく、彼女はもう何も言わなかった。

 そんなこんなで、ようやく完全な休暇を取った静司だが、やることといえば、寝転がって猫と遊ぶか、でなければ芸能人のストーキングをするくらいのものである。
 優先事項は前者だが、生憎猫は子猫共々出払っていて居なかった。仕方なく、静司には珍しい濃茶の着物を着込んで傘を持ち、髪を編んで貰って最低限の荷物だけを携え──ふらりと家を出た。目的は、後者──芸能人のストーキングである。
 外に出たなら常に目にする風景。山に川に田畑に廃屋に、強盗多発注意の看板。誰かがいたずらでその隣に貼った『熊出没注意』のシール。十年一昔、代わり映えのしない光景である。

 ──静司は日光が大層苦手であった。真夏など言うに及ばず、10月の最後の一日とあっても長時間の直射は辛い。軽度の光線過敏かとさえ思われるほどだ。
 陽光を遮るために番傘をさし、草履でぺたぺたと歩けば、集落の掲示板に広報が貼られているのが見えた。何処其処の葬式の香典がどうしたとか、寺の説法の日時だとか、自衛隊募集だとか、集落に向けた広報が所狭しと貼り付けられているそれは、ボロボロに劣化していてまた台風など来ようものならふっ飛んでいってしまいそうである。そんなところに、子どもの手作りのようなジャック・オ・ランタンのペーパークラフトなんかが飾られてあるのが何だか微笑ましい。
 町内会に寄附してやろうかな、とぼんやりと考えながら何気なくそれらをざっと見渡して、静司は急に言い知れぬ厭な気持ちになった。
「………」

 ──行方不明者の告知が、異様に多いのである。

 向かって左側の端に上からべたべたと貼られた『捜し人』の写真は、体裁は様々なものがあれど、どれも比較的新しい。
 いずれにも行方不明者の特徴や発見時の連絡先が書かれているのだが、その数、ざっと五件。どちらも似たような顔をした少女が二人、老人斑の目立つ老女が一人、青年らしき男性が二人。片方はひどく痩せていた。見知った顔はない。
「何だ、こりゃあ……」
 思いがけぬモノに、静司の目は釘付けになった。
 行方不明者の告知自体は決して珍しくはない。普段こんなふうにしげしげと見詰めることなど無いから、余計におかしく思えてしまうだけなのかもしれない──けれど。
 とはいえ、都市部であってもこの数はさすがに多い。ましてこんな山に囲まれたような村落で。
 よくよく見ると、どの紙面にも行方不明になった日と場所とが記されている。日付はばらばらだが、全て今月に入ってからのものである。老婆にいたっては──ほんの一昨日だ。
 場所はいずれも、この近辺。
「………」
 月一ペースで回ってくる回覧板には、失踪云々についてなど何も書かれてはいなかった筈だ。だが自治会や町内会がこれらを把握していないなどということはあり得ないだろう。野ざらしとはいえ、この掲示板自体が町内会管轄のアナログ広報媒体なのだから。
(──不気味だな)
 眉をひそめて、静司は踵を返した。
(………もう、その10月も終りか)
 厄介事はたくさんだ。
 せっかく仕事以外の用事で家を出たのに、妙なものを見てしまったな、と静司は少し後悔した。











『Happy Halloween』

 と飾りつけられたアーチがこっ恥ずかしい駅前にたどり着いた静司は、取り敢えず自販機でオレンジジュースを買って一息をつくことにした。
 ここいらはコンビニさえ駅前に一軒のみというド田舎だが、都市部までそれほど遠く離れているわけではない。電車に乗れば約一時間。自宅から駅までは10キロばかりへだたっているため、徒歩を併せるとそこそこ時間は必要だが、それほどの労苦は無い。
 ベンチに座って一息をつく。またカボチャおばけの飾りが目に入る。ここいら一帯はシーズンイベントが好きらしく、それらしい時期になるとやたら手の込んだ装飾が増えるのだが、静司はそれが嫌ではない。
 どちらかと言わなくても外出を好まない静司は、しかし暇を持て余せばすぐにでも周一のマンションに襲撃をかける癖がある。以前に合鍵を貰って正面玄関のロック解除のパスワードも教わったから、たとえ周一が居ようが居まいが関係ない。乗り込んで、居座って、仕事という仕事を邪魔してやる──。
 そんなことをニヤニヤと考えて、目元を弛ませた一瞬。

 再び静司の背筋が冷えた。

 ホームの広報板に、尋ね人のチラシが張り出されているのが見えたのだ。駅の構内では決して珍しくないそれだが、今の静司にはとてつもないことのように思えた。
 尋ね人──行方不明者の顔写真は三枚。いずれもさきほどの町内会広報板に掲げられていた人物とはまったく違う顔ぶれだった。今度は皆男性だ。しかも、内一人はまだ小学生か中学生くらいに見える。
 電車が来るや、静司はもはや行方不明者の情報になど目を向けずに、一目散に車内に乗り込んだ。

 ──そして静司は、ふと思い出す。

 今やほとんどが廃れて久しようだが、かつてこの土地には奇妙な風習があったという。

 八百万の神々が出雲大社に出向いてしまって不在の間、その代役を立てるという風習である。
 静司が生まれるよりずっと昔には、公式な祭儀として大掛かりな神事が執り行われていたこともあったらしい。選ばれた代役は決まって、神無月の間に行方知れずになった──つまり『神』に列せられたと聞いた。平たく言えば、殺されたのである。
 ふいにそんなことを想起した理由は多分、『尋ね人』からの連想だ。無関係だな、と静司は一笑に附した。
 閉じたドアの向こうに真新しいチラシがひらひらと揺れて、此方に手を振っているように見えた。死ねば神になる──仏ではなくて。ではあの写真の幾人かは『神』になったのだろうか。
 何となく、厭な妄想だ。

 尾を引くような、嫌悪が走った。












「………これってどう思います、周一さん」
 丁度自宅で仮眠していた周一を叩き起こし、上がり込んで居座った静司は一連の行方不明者に関する出来事を捲し立てた。
 一方の周一は困惑するばかりである。
「どうって──行方不明者の告知なんて別に珍しくもないだろう。警察だって同時期の捜索願いを一挙に貼り出すこともあるんだし……」
 眠気目を擦りながら、周一はスポーツドリンクを飲んでいる。
「たまたま最初に見た情報がそんなだったから神経質になったんじゃないか?」
「でも、8件ですよ」
 言いつつも、静司の懸念はそこではない。
 静司の自宅近辺から駅までは約10キロ近い距離がある。的場邸を含む一帯を統轄する町内会もそれほど広い区域を仕切るものではないが、静司が駅に着くまでの間には幾つもの異なる組分けの区を通り抜けなければならないのだ。
 ──その中に、別な行方不明者の告知はあったのだろうか。10月に消えた人々の情報は、本当にあれだけだったのだろうか。8人の異なる行方不明者──あの人口密度の低い、いやゆる過疎集落で、唐突に8人がいなくなるというのはどう考えても異様な気がする。だがそのことを人の口から聞いたことは無い。
 それもまた、異様だ。
「あのね……周一さん」
 静司は何とか真剣に聞いてもらおうと躍起だ。もしかしたら誰かの悪戯である可能性もあるのだが、何となくそうは思えない。
「町内会の広報板は一つじゃないでしょう。よく分からないんですけど、町内会って幾つかに組分けされてるらしくって、ほかの組の広報板にはほかの連絡が貼ってあって………だから、その」
 ごにょごにょと栓無い説明をする静司は、周一の困惑を察してさっさと話を切り上げた。
「──行方不明者、もっと居るんじゃないかって思って」
 顔をあげて、静司は言った。
「駅の尋ね人の貼り紙だって、すごく新しかった。刷り直しただけかもしれないですけど、先月半ばに電車に乗った時、あんなの無かったような気もするし」
 ──勿論記憶はさだかではない。普段視界に入っても、意識しないものは山とあるからだ。
「まあ……正直全部、ただの憶測です。もしかしたらイタズラかもしれないし、確認して帰ろうとは思いますが──」
 異なる組に属する場所の広報板を見て歩けば、他の情報の有無も判る。馬鹿げている、とは確かに思うのだけれども、一度こうしてはっきり懸念を口に出してしまえば、杞憂である可能性が高いと分かっていても、もう気になって仕方ないのだ。
「……うーん、行方不明者、ねぇ……」
 まだ少し眠そうに、周一は頭を掻き、ちらりと此方を見た。無下にしているのではないのだろうが、口頭ではこういう曖昧模糊とした不安というものはどうしても伝わり辛いのだ。仕方ない。
 周一は生あくびをしながら言った。
「………今日は泊まってく?」
「あ、いえ──今日はお昼ごはん一緒に食べようと思っただけですから……」
 静司は笑って答えた。それは本当だった。休みなら好きな人とご飯でも食べに行くか、と、ようやく人並みの発想が備わってきた静司である。

 それであるのに──何だろう、この不安は。

 静司は少し俯いたまま、曖昧に笑った。その頭を、周一の手が優しく撫でる。
「可愛いね、編み髪」
 言われると、胸にポッと火が灯る。
 ──けれども、駅に貼ってあった尋ね人のビラが、脳裏でまたもやヒラヒラと手を振るように翻った。頭を撫でる手は優しいのに、何故か静司はわけもなく総毛立っていた。











 昼食は遅めにカフェで済ませることにした。
 平日ならば正午から混み出す店内も、一時半を過ぎれば随分と空く。最奥の席に陣取って周一が後続に背を向けてしまえば、もう正体が知れるおそれも無い。
 だが、いつもなら楽しい周一とのランチなのに、どこか気もそぞろになってしまう。
 例の行方不明者の告知──8人の顔写真。いずれも何処ででも見掛けるような、集団に埋没する類の顔であったはずが、静司の頭は何故かはっきりとそれらを記憶してしまっていた。少女が二人、老女が一人、青年らしき男性が二人。駅前の尋ね人は三人全員が男で、一人が子供だった。
「………」
「………やっぱり気になるの?」
 急に声を掛けられて、ハッと正気に返る。そこでやっと静司は、周囲の雑音が耳に入ってくるのを自覚した。
「………す、すみません──」
 思わず肩を竦めると、また頭を撫でられる。一緒に食事にと自分から誘ったにもかかわらず、これは余りに礼を欠いたとさしもの静司も恥じ入ったが、周一はひとつも不快そうでは無い。
「一旦マンションに戻って、送ってあげるよ、家まで」
「周一さん?」
「どうせ何時に帰ったって、その脚で調べる気満々だろう、君は」
「………」
 静司は押し黙った。
 ──その通りだ。
 むしろそれゆえに、早く帰りたいとさえ思っていたくらいだ。こんな、どうでもいい些細な懸念にわけもわからず固執して──何度も言うが、自分から相手を誘っておきながら。
 だが、相変わらずの笑顔で、周一は言った。
「送ってあげる代わりに、その調査に付き合っていいかな。まあ、散歩がてらに」
「は?」
「単車ならあの辺りでも小回りがきくし──万一何かあった時にもさっさと撤退できるだろ。家も近いしさ」
「…………」
 単車の免許も持ってるのか、とぼんやりと思いながら、静司はついぞ見ない間抜けな顔で周一を見詰めた。

 こんなことなら最初から、適当な嘘でもでっち上げて周一を自宅に誘致すれば良かったな、と静司は可愛げのない後悔に内心ため息をつく。これではランチを食べるためだけに、丸々数時間をロスしたことになるではないか。

 まあ、ランチのパスタはとても美味しかったので、恥を棄てて二回も注文したのだけれど。












 微妙に貧乏臭いくせにHONDAのワルキューレなんぞに乗りやがって、一ぺん土葬にしてやろうか、などと思いながらも、静司は何気に夢見心地だった。何と言っても周一のマンションを出て一時間余りの間、背中に抱き付きっぱなしなのである。
 セックスというはっきりとした目的があるベッドの上よりも、ある意味刺激的かもしれない。

 行く途には、あちこちにコスプレ・パフォーマーが跋扈していた。そこで静司はようやく今日がハロウィーンイベントの当日であることに気付いたのだった。
 バットマンやスパイダーマン、ダース・ベイダーの三大仮装は勿論、正統派ハロウィーンモンスターの仮装、アニメ作品か何かのコスプレらしき者もかなり多い。月代の入ったリアルサムライや、古代ローマの百人隊長みたいなやつとか、正直何かよく判らない奴らも居る。なるほど、日本のハロウィーンとはまさにコスプレ・パーティーなのだな、と静司はちょっと面白くなって笑った。これまでも目にしたことはあったが、意識に入り込んでは来なかったのだろう。
 だが、都市部からベッドタウンへと移ると、やがてそれも少なくなっていった。この時点で時刻は午後4時前であったから、二人は急いた。余りに遅くになると例の捜索も困難になるかもしれない。ワルキューレは法定速度を無視して田舎道を走り続けた。


 まだ陽が落ちてしまわないうちに、駅前の駐輪場に単車を停め、先ずは駅に貼られていた『尋ね人』のビラを確認した。静司が見たのは構内のものだったが、改札をくぐる前に見える掲示連絡板にも、県警発布の指名手配犯のチラシの横に、まったく同じものが貼りつけられていた。
「これか」
 ジャケットにジーパンというかなり手抜きのスタイルも、周一がやればスタイリッシュに見える。静司は思わず目を奪われたが、ふるふると頭を振って気を取り直した。デート中には事件が気になり、事件を前にすると相手が気になりはじめる──天の邪鬼も大概にしろと、自分でも呆れてしまうくらいだ。
「……ふぅん。どれも公式な広報じゃないな。連絡先が携帯ばっかでバラバラだ」
 静司は無言で相槌を打った。見れば確かにビラはどれも警察署や行政機関の発行ではない。
「──日付はどれも10月中みたいですね。最初に見た5人の行方不明者の告知も同じで、それが何だか不気味で」
「………確かに、気持ち悪いな」
 取り敢えず周一は『尋ね人』の紙面を一件一件カメラにおさめる。きっぷを切る駅員が無愛想に此方を睨み付けたが、当の周一は有無もいわさぬ笑顔でこれを跳ね返した。
「さあて、それじゃ近辺の広報板とやらも見て回るかな。案外人目が無い分、陽が暮れたほうが動きやすいかもしれないぞ」
「………そう、でしょうか」
 ほとんど相手に聞こえないようにボソリと呟いた静司の声には、少し不安が入り混じっていた。
 そして、それを打ち消すように嗤う。祓い屋的場の頭主が、闇を怖れるとは如何──。
 けれども朝、周一に逢うために此処を出立した時よりも遥かに、空気が澱んでいるような気がするのだ。10キロ圏内など生活の一部だが、普段ならこんなことはまずない。だが何となく口に出すのは憚られた。精神状態が認知を歪めることなどよくあるからだ。
 静司は周一と連れ立って、近隣の村落を歩いた。町内会の正式な組分けなどは静司も知らないが、ある程度人目のつく場所には広報板が必ずあつらえられている。
 そして、二つ、三つと見て回るうち、静司の漠然としていた不安には、あからさまな輪郭が附与されていった。

 駅前のものと併せて、延べ6人の行方不明者が確認できたのである。

 静司が確認した的場邸最寄の広報板と併せると、駅からここまでの間で実に11名。しかもやはり共通条件として、皆こぞって10月内に失踪しているのである。
「………なあ、ここの町内会、何組あるんだ?」
 困惑も露に、周一は言った。
「すみません、わからないんです……」
 静司は情けない声で答えた。
「地域関係の事は専門の方に任せてますので……おれにはもうさっぱりで」
「そうか……そうだよな」
 ──頷いた周一も、恐らくは実家ではそうだったのだろう。商売が商売だけに、地域活動だの近所付き合いにだのにも細心の注意を払わねばならぬのが祓い屋だ。無論、ここまで無関心であるのは──確かに些か弊害があるのかもしれないが。
「……まあ、どっちにせよ、こうなればしらみ潰しに全部見て回る必要はないな。別に正確な数を把握したいわけじゃないんだから」
「はい」
 静司は頷いた。
 だが、それにしても11人の失踪──しかもそれらの捜索願いが警察を介入せずに、同じような体裁であちこちの広報板に貼り出されている。おかしい、というより、これは本当に異常だ。
「……全員が10月中に失踪している、ということが一つ大きな共通点だな。静司、それともう一つ……気付かないか」
 思わせ振りな言い方だな、と周一を見遣るも、彼は些かひきつったような表情で広報板に見入っている。静司はもう、茶化すことさえ出来なかった。
 周一に促され、静司はもう一度広報板を見た。


【尋ね人】
『山口慎吾(ヤマグチシンゴ)15才
 10/11失踪 名倉 4組
 身長160cm やせ型
 眼鏡着用 黒髪
 連絡先 070-XXXX-XXXX』


「……さっきからずっと気になってたんだが、駅のもこの辺りのも、『尋ね人』とか『行方を探しています』って題目がついて、本人の写真や行方がわからなくなった日付まで載せてるのに、具体的に『何時頃、どういう状況で』居なくなったのかを書いてあるビラは一枚も無いよな。本気で目撃情報をあたる気があるなら、それが一番重要な情報なのに」
「………」
 言われてみて、静司もすぐに違和感に気が付いた。『10/11失踪 名倉』といった日付と地名が書かれてはいても、時間帯や状況に関してはどれにも何一つ書かれていない。
 そうなると、例えばこの場合の『名倉』という地名が、何を意味しているのかも不明瞭になる。最初はこれが失踪したとおぼしき地点だと考えていたのだが、もし実際に名倉近辺で居なくなったのがはっきりしているというのなら、それに関する付随情報はほかにもまだ出るはずだ。
 寧ろこれは行方不明者の住所である可能性がある。それならそれで、何故そんなことを明記する必要があるのか。実際にもしその近辺で失踪したというのなら、はっきりとそう書くだろうと静司は思う。おまけのように、わざわざ町内会の組分らしきものまで書かれているのが不審だ。これではまるで……そうだ。プロフィールのようではないか。
 当初──つまり今朝のことだが、静司はこれが、何となく自治体発行の公開捜索のチラシであると勝手に思っていた。それというのも、体裁に若干の違いはあれども、全ての情報が統一されていたからだ。だがそんな筈はない。公的機関の署名はないし、周一の言う通り、いずれの連絡先も個人のものだ。

 辺りはもう真っ暗だった。午後7時を過ぎていた。

 静司は軽いパニックに陥っていた。まるで事の次第が見えて来ない。このまま広報板を探して歩いたところで、出てくるのは同じようなものだけだろう。数だけは増えていくのかもしれないが、それを続けて一体何になるのか。

 情報の無い尋ね人。
 10月の失踪。

 ふと、何気なく此処までの道行きで見た仮装行列を思い出す。そう──今宵は邪悪な夜。本場に行ってもお祭り色は濃厚だが、ハロウィーンと呼ばれる10月31日は万聖節の前夜、かつては悪霊や死者が訪ねてくる日であると考えられていたのだ。それゆえに、おとずれる邪なものから身を守るため、人々は仮面を被り、魔物に姿を変えて、我と我が身を守ったのだという。
 そう──今宵は魑魅魍魎が跳梁跋扈する、魔物たちの夜だ。













 ほとんど無理矢理駅へと周一を連れて戻り、有無もいわさず切符を買ってそれを押し付けると、静司は自分も帰宅する旨を告げて、自分は再び単身集落へと舞い戻った。
 これ以上、この不可解で不気味な事案に周一を関わらせたくは無かった。何か──何かがあるのは確かだが、その概要が見えない以上、その身を危険に晒しかねない。それだけは御免だ。金を払って雇ったというならともかくとして。

 行く先々には、まだ同じような尋ね人の貼り紙があった。場所によっては、広報板一面が行方不明者の写真によって埋め尽くされているところもあった。

 ──さしもの静司も、ぞっとした。


【失踪】
『嘉島佳代子(カシマカヨコ)81才
 10/7失踪 崎 1組
 身長144cm 
 白髪
 連絡先 090-XXXX-XXXX』

【探しています】
『志村栄蔵 94才
 10/25頃失踪 崎 3組
 傷痍軍人 右耳無し 長身
 連絡先 090-XXXX-XXXX』

【失踪中】
『佐々木芳緒 41才
 10/3失踪 崎 3組
 身長157cm 舌打ちの癖 やや猫背
 連絡先 080-XXXX-XXXX』



 静司はもはやひしひしと感じる違和感を隠せなかった。概ねがこのパターンの繰り返しである。
 どちらかと言えばこれらは、ペットが家から居なくなってしまった時に打つ広報に似ている。写真、失踪日時、身体的特徴、連絡先。何故ならペットの場合は脱走からの迷子であることがほとんどで、誘拐であったり事件性があったりすることはほとんど無いから、詳細な状況や詳細な時間帯という情報は、人々に意識してもらうのに実はさほど重要なデータではない。舌打ちの癖、やや猫背──こういった特徴を羅列したほうが、発見の決定打には結び付きやすい。
(………脱走者)
 ふと頭にそんな言葉がよぎった。
 脱走した人々──だが、一体何処から?家庭からか?
 そもそもこれが地域で騒ぎにならないというのは、一体どういう事情なのだろう。こんな事態は、珍しくないとでも言うのだろうか。まさか毎年毎年、10月になるとこんなことが起こっているというのだろうか──まさか、そんなはずはあるまい。

 神々の不在に代役を立てるという風習。
 静司は懸命に思い出す。
 かつての祭儀──確かこれを『権現祭』と言ったか。「神憑り」となる者を、神として崇め、弑し奉る。
 無関係──だろうか。

 だが、もしもそうした事柄を詳細に調べようと思うなら、的場は間諜を遣う。先にも述べたが、祓い屋の家系はいかに歴史が長くとも、傍から見えるほど地元に根付いてはいないのだ。
 現に、的場は金持ちで古くからここに土地を構えているからといって、自治会でさほど大きな発言力を持っていたりするわけではない。むしろどちらかといえば、的場はアンタッチャブルな存在で、なまじ歴史も金もあるがゆえに土地の名士ではあっても、集落ではけむたがられることのほうが多いのだ。
 そのことを思えば、集落側はしばしば的場を除け者にしてきたものである。金持ちの名士を爪弾きに──まるで憑き物筋の汚名を着せられた血筋を忌避する因習さながらに。
 よって──二者の関係は相当隔絶されている。
 集落と、大家。
 ここには不可思議にして強大な壁がある。
 ゆえに仮に、この異様な数の失踪者の内実が集落の中にあるとしても、的場がそれを知らぬのは無理からぬことなのだ。












 午後9時を回った。
 邸には周一と一緒だとでっちあげ、遅くなると連絡を入れた。所在を明かさねばしつこく着信が入る──まるで親が子どもの居場所を確認するように。
 だが、静司にはもはやあまり余裕は無い。
 駅前に着いた時から感じていた空気の澱みは、もはや認知の問題で片付けられる代物ではなくなっていた。

 闇に沈む村落の中を、独り彷徨う静司を尾行する気配がある。ひとつ、ふたつ、みつ、よつ、いむなや──………数えきれぬ気配の数。
 走り出したいほどの恐怖を抑え、静司はゆっくりと畦道を歩いた。押し寄せる気配は妖ではない。足音に重なり、奇妙な唄が聴こえる。


『──睡り、賜れ』


 まさに──これこそが百鬼夜行。


『睡りし善き稚の夢は、

 何時 ゝ 畢る──』


 この数に襲われれば、それこそひとたまりもないだろう。走り出す転機を窺いながら、静司は音もなく歩みを進めた。

 狂ったような哄笑が遠くから聞こえる──思わず顧みれば、魑魅魍魎の叫びでなどではない。
 神無月最後の夜に嘶く、それは鬨のような山風だった。




神無き月終の夜【前編】

2014/10/31 Halloween特別編


Happy Halloween!

【続】


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