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これは、秀麗が胡蝶に紹介された『昼から座って適当に菓子を摘まんでいるだけで【ピー】両』の素敵なお仕事中に交わされたちょっとした会話を、もしも夢主君がきいていたら、なおはなし。


「そういやあんさん、今の筆頭女官さんなんだろ。あの人の後任とは大変だねえ」


秀麗を気の済むまで飾り立て、一息着いた胡蝶がふと珠翠に言った。


「先代筆頭をご存知なんですか?」


目を丸くした珠翠に、何故かそばに立っていた櫂兎がぶんぶんと首を振る。胡蝶はひらひらと手を振った。


「直接は知らないよ、でも前筆頭女官さんの話は私にでも届くくらいだったから。『女官として後宮入り一月もせず、筆頭女官にのぼりつめた女傑中の女傑、清廉にして可憐な華蓮様』ってね」


(華蓮…って劉輝が言ってた名前、付きの女官さんのことじゃない!……というかそれってつまり、父様のお知り合いのあの美人さんが珠翠の前の筆頭女官さんってこと〜?!)


「な、なんだそれ……」


櫂兎が信じられない風に漏らすのに胡蝶は不思議そうな顔をする。


「兄さん、知らないのかい? まあ名前まではあまり通ってないけれど、美人だったって話だけじゃない、人望厚く彼女が後宮退くっての理由に女官辞める者続出だったってね」


「よっ、よく知っておいでデスネ」


櫂兎は片言気味に言った。胡蝶は、私の情報収集能力甘くみるんじゃないよと不敵に笑った。


「珠翠、私その華蓮さんのお話もっと聴きたいわ!」


「えっ」


「珠翠なら色々きっと知ってるでしょう? 」


「この胡蝶にもきかせていただきたいね、なんせ現筆頭女官さんのことだ、実際本人の間近にいた人に話聞けるのはそうそうあることじゃない」


「え……ええと、」


「お願いよ、珠翠!」


手を合わせ、上目遣いのポーズをとった秀麗に、珠翠はたじろいで櫂兎を見た。櫂兎は頭抱えあさっての方向を見ていた。


「……私が知っている範囲で、あくまで当時の噂話をお教えします。事実はどうであるかは、私もわからないことありますし」


そうして珠翠はジト目で櫂兎を見る。昔から何をしているのかさっぱりで、その癖とんでもないことやらかしてくれるのだ、この人は。


「まず、華蓮様が次代筆頭女官に、という風潮後宮内で流れる切っ掛けの出来事です。

後宮入りして暫く経った彼女の元に当時の王――先王陛下が直々に訪れました。女官達は妬み恨みを彼女に抱き、嫌がらせの数々を行います。しかし、それを彼女は全て許しました。女官達は己の浅ましさにそこで気付き、華蓮様の慈悲深さに感激し、次代筆頭女官に、という声があがったそうです」


秀麗は、いつぞやに出会った華蓮のことを思い出す。確かに彼女は優しそうで、言葉や話の端々に器の大きさ感じ魅せられた。


一方櫂兎はというと、妹への土産の簪残念なことにされてキレただけだったのになあと、さらに遠くを見た。


「王位争いの時、後宮の女官らは権力争いの道具として利用されようとしていました。それを守り、後宮の立ち位置を中立貫いたのも、華蓮様いたからこそと言われています」


「それは有名だねぇ。彼女が後宮を動かさせなかったって」


胡蝶の言葉に、俺は藍州に行ったり結構好き勝手やっちゃったけどな!と櫂兎は冷や汗かいた。


「恋愛ごとですと……そうですね、先王陛下は実は華蓮様がお好きだったとか」


「げっふぉごっほ、ごほっ、ごっ」


動揺した櫂兎は茶を飲んで咽せ、床をのたうち回った。


「だっ、大丈夫ですか櫂兎さん!」


「どうしたのさ兄さん?!」


二人に背をさすられ、ひっひっふーと呼吸し体勢整えた櫂兎は、息荒くも珠翠の話の続きに身構えた。


「当時の御史太夫様と両想いだったとか、あのボウフ……藍将軍が略奪愛に燃えていただとか、実は現王、劉輝様と両想いだったとか」


むせる人間は二人に増えた。


「ごほっ、しゅ、珠翠…、それってホントなのっ?」


「だからはじめに噂話ですと…事実かどうかは分かりませんよ」


そういやフラれたってあいつ言ってたわねと秀麗はそこでやっと気付いてホッとする。――そのホッとした理由には気付かなかった


胡蝶は面白いことをきいたとにやりと笑った。


(今度藍様に言って冷やかしてやろうかしらね)


まさか本人がまだ引きずっているとは思っていない胡蝶は、からかいのつもりで言った一言に楸瑛が恥ずかしさで悶え転がり回るなんてことは、この時点で思ってもみなかった。


「恋愛ごとはいいからさ、他にないの、珠翠」


顔面蒼白で無理して笑う口元引きつる櫂兎は言う。珠翠は北斗とはどうだったのか訊きたいなあと思いながら話を変えた


「華蓮様は実は蓮の花から生まれてきたんだとか」


「すごーい!」


「へぇ、それは初めてきいた」


何だそれは。あと秀麗ちゃんに胡蝶ちゃん、普通に驚くところじゃないよ?! どう考えても嘘だろう?!


「後宮を唐辛子で飾り立てるに至った原因が華蓮様だったそうです」


……あれは不可抗力だ
思い出した櫂兎はふっと息吐いた。


「それと……いえ、これは言わないでおきます」


疲れた顔でぐったりしている櫂兎を視界にいれた珠翠は言い淀み、やめた。


「えー、何でよ珠翠!話して頂戴よー」


「こらこら秀麗ちゃん、無理して言わせるもんじゃないよ」


胡蝶は苦笑する。珠翠は、お話はこれくらいです、と笑い言葉付け足す。


「あくまで噂話、事実なんてほんの一握りしかありませんよ」


そう、されど噂話、一握りは事実なのだ。言い淀んだ話の内容は――『華蓮は実は公主の一人であり、かの「王の客人」の正体である』

彼、棚夏櫂兎が王家の血を引くのかどうかは、知らない。彼が「王の客人」という存在であることも、邵可からきき初めて知った。


(言ってくださっても……いいでしょうのに)


昔から、自分の事についてはあまり語ってくれない、彼。王家の血を引いている噂は、案外本当なんじゃないかとすら、思う。それも縹家寄りの、異能の血


(…まあ、訊かない私も、私なんでしょう)


珠翠は寂しそうに小さく笑った。


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