過去編2
最初に与えられる仕事が、下っ端仕事だというのはまだいい。
むしろ、来てすぐの人間に任せられることがそれくらいしかないというか、ベテランのする仕事でも任された日には、上司の正気を疑うことだろう。

そのことには非常に納得がいくのだ。いくのだが。


「すまんが魯や、この今できたてほやほやの愛を囁く詩を、誰にも知られずこっそりと、後宮の瑞英という女官に渡してきてほしいのじゃ」


上司は声をひそめて、そんなことを魯に告げる。


(思いっきり私用で遣われてるじゃないですかー)


とはまあ内心思ったながらも、素直に了承し、教えてもらった抜け道で後宮へとこっそり向かう。
着いて早々近くの少女に、目当ての人物の名を告げれば、こういったことは珍しくないのか慣れた風に応答し、魯に少し待っておくように言った。

魯は言われた通りその場で待つが、どうにも手持無沙汰になってくる。


(そういや、どんな詩だったか、みせてもらえなかったなー)


魯は正直なところ、そういった風情や趣の問われることは苦手だ。それだけに、詩を書ける人というのは少し憧れ尊敬する。さすがは貴族、といったところなのだろうか。身内の身分だけの、田舎出身とは教養が違う。政治に使えるかは疑問だが。

そのとき魯が、託された詩の内容をみてしまったのは、ほんの出来心だったとしか言いようがない。上司の私事だと思い込んでいたこともある、その点あの上司はうまくやったものだと思う。問題は魯が、少々好奇心旺盛すぎたところだ。


「……え?」


愛を囁く詩だと思っていたものは、後宮に訪れるある人物への密書であり、その内容は――


(みなかったことにしよう、うん、みなかったことにしよう。元の通りにしておけば気付かれないよね、…折り方こんなだったっけな、何か違う気もするけど)


断じて、自分は何も知らない。たとえそれが、これから訪れる一時代の終わりを、覇王の登場を予期させるものでも。





 ▼△




「ふむ」


目を掛けている女官の一人から受け取った密書を広げた若き日の覇王は、一度目を通すとすぐにそれに火をつけた。絨毯の上に灰が落ちるが、気にしない。
己の父であり、あのろくでもない王の死こそが、すべての合図だ。己の王位継承のために、既に戦の準備はできていた。故に、今は表に気づかれぬまま、人々を抱え込んでいくのがいい。


「……」


すぅ、と目を細める。あの食えぬ老いぼれ官吏は、密書が途中で開けた者がいればわかるようにと、変わった折り方をする。そして今日届いたものは、何者かの開けた形跡があった。まあ、内容はそうとるに足らぬようなことしか書かれていないのだが、自分とあの男がつながっている、という構図を掴まれるのはやっかいだ。
奇妙なのは、証拠にもなるであろう密書がこうしてここまで届いていることと、みられたにしては穏やか過ぎることだ。投獄の一つや二つ覚悟していただけに、拍子抜けした。

密書を見たのは、十中八九老いぼれ官吏の寄越した男だろう。確か、官吏としては最近働き始めた下っ端だときいているが


「その沈黙は愚か賢か」


そうつぶやき、次の時代を拓くその人――紫殲華はくつくつと笑った。


(これから流れる血の量を 魯は、まだ知らない)

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魚の大口
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