第一公子3
彩八仙に加護されし都、貴陽。


――これは、その地と遠く離れた茶州での話。









「名前、それとって下さい」


「どれ? あ、これね」


名前は言われた巻物を軽く投げた


「……大切な調書だから投げないで下さい、って言うのも遅かったですね」


「うん」


気楽に言われ、本当にこれの大切さが分かっているんだろうかと、悠舜はもう何度目か分からない溜息をついた。


彼との馴れ合いは数年前。ある理由で腕の立つ雑用係が必要になったときに茗才が呼んだのが、名前だった。
何でも団子屋で知り合ったらしい彼は、珍しいというか哀れというか、茗才によくも悪くも気に入られ、こんなところにまで引っ張ってこられてしまったらしい。


そう、こんなところ。命の危険は日常茶飯事、やっても得しないことばかりが山積みの琥漣城へ。


素性は、今の今まで語ろうとしたことがない。語る必要もないのだろう。彼はあてもない旅をしているらしく、この雑用を請け負ってくれているのも気紛れ。準試を通った正式な官吏ではなく、賃金などもないから、本当に慈善事業だ


(……ま、腕は立ちますし、本当に助かってはいますけれどね)


「……名前の、ここに居て手伝ってくれている理由って、何ですか」


「ん?手伝いたかったから、そんだけ」


それがどうかした?と訊かれ、いいえなんでも、と首を振った








(しかし俺のこと本当におぼえてないんだな、悠舜。)


名前はのほほんと書類を運びながら、目の前の彼をみた。


鬼才。


軍門姫家鳳麟。


かつて、彼に会ったことがあった。それは己としてではなく、過去の自分ではあったが。


一度目は梨の花弁散る日、彼の一族が滅ぶ様をこの目でみたときに。
二度目は国試に訪れた彼を、親父に連れられた先でみつけて。


――でも、まあ。過去の己は、自分であって自分ではない。
だからきっと、あの時あの日。茶州琥漣城で出会ったあの日が、はじめましてで正しいのだろう


「悠舜」


「はい、何ですか名前」


「これからも宜しく」


その言葉をきいた悠舜は目をパチクリとさせてから目元緩ませた。


「宜しくしたいのはこちらの方ですよ」


茶州はまだまだこれから良くなっていくんです、ですから力添え宜しくお願いしますよ?と悠舜は言った。


(うーん、そのことじゃあなかったような、でもそうでもあるような)


名前は困ったように頬をぽりぽりとかいた。


「まぁ、俺のことは上手いこと使ってくれ。俺はそれで当分いいや」


殺伐とした茶州での今の生活も、旅の休憩には丁度いい。茗才に少し感謝した。







「燕青が貴陽に?」


確か茶州を出れば彼の州牧としての権限は使えないのではなかったろうか。


「行くなら今しかないんですよ、ある程度の危険は仕方がありません」


「へぇ、頑張ってな燕青」


ぽんと肩を叩かれた燕青は溜息をついた。


「名前…他人事だと思って、やたら呑気に言いやがって」


「ああ、俺じゃできない、お前にしか出来ないんだろ」


グッドラック、と親指を突き立てた名前に意味わからねえよと突っ込んでから燕青は貴陽に発った。


「……名前が残った意味は分かっていますよね」


「おう、燕青がいないってことは、戦えるのは実質俺一人ってこったろ?」


「ええ、一応燕青のお師匠様にも、もしもの時にはとお願いはしていますけれど」


「まー任せといてくれよ。他州逃亡でも、籠城にでもつきあうぜ。あ、でも心中はお断りな。俺男とそういうことする趣味ないから」

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