第一公子2
これは、彼がまだ第一公子として宮廷で過ごしていたときの、お話。



「おい、お前」


血の覇王が声をかけたのは、まだあどけなさ残る、自分にそっくりな少年だった


「……好い加減自分の息子の名くらい憶えてくれよ、親父」


覇王と名高い殲華にこの言葉遣いが許されるのも、息子の彼だからだ
第一公子、紫 ナマエ。殲華の生き写しとも言われた彼は、8歳にして武芸に名高く、次の王としての名を上げている。本人は全くその気なしで気楽なものだったが


「じゃあ息子」


「妃娶ったらまた息子増えるぞ」


腹違いの兄弟が増えることに、彼は思うところないらしい。いや、あるかもしれないが、そうマイナスには捉えていないようだ


「……忘れた」


「ナマエ」


ナマエは、深い深い溜息をついて自分の名を告げた。


「…ああ、じゃあナマエ」


(じゃあってなんだ、じゃあって)


もう、何も突っ込むまい。
ナマエが呆れ顔でいることも気にせず、殲華は用件を告げた


「お前、俺と一緒にちょっとこい」





 ▼△




「全然ちょっとじゃねえじゃん」


聞いてない、とげっそりした顔でナマエは階段をのぼった。
ここは紅区辺境、「一歩数寸違えずあとをついて来い」と、どうやらいろいろな仕掛けのある山登りをさせられているらしい。うん、自分のことなのに実感はない。


「この先に何があんの?」


ナマエの問いに殲華は答えた


「紅家の切り札だな」


「……」


紅家の切り札といえば、脳筋近い自分ですら、学の一つとして詰め込まれる知識にあった――伝説的な軍師の一族「紅家の頭脳」と呼ばれる、紅門姫家


「この先は隠れ里ってか。…実在したのか」


何となく、今の紅家当主の面構えからすれば、命脅せばそんな隠れ里の場所すらゲロってしまう気がした。正確には、この目の前の父が、場所吐くように酷い脅しを平気でしていそうだ、と。思った


「っとぅわ、とと」


安定しない足場に少しバランスを崩し、壁に手をついたところで何かが外れる音がし、風をきる音に慌ててしゃがんだ。


(……毒矢とか?嫌だなあ)


「言い忘れたが、死ぬなよ。あとあと面倒だ」


「ん、ああ。気を付ける」


尤も、死んだところで代わりはもうすぐ産まれそうだが。




 ▼△




頂上らしきところに着いたところで、あたりを見渡す。そう範囲は広くない集落“だった”もの。至る所で死臭が漂い、焦げ爆ぜる香りとあいまって吐き気をもよおしそうになる。


「……息子にこんなの見せて何がしたいの」


「顔色一つ変えないとはな」


「いや、まあそれはこんなのみちゃったら、動揺を通り越して頭ん中真っ白になるだろ。っていうか本当何、ただの嫌がらせのため?なあ楽しいのそんなことして?あ、やっぱ答えなくていい肯定されたら困るから」


殲華はその言葉にひとつ鼻でふんと笑った


「俺とあまりにも似ていたから、こういうことでも似ているのかと興味が湧いただけだったんだが…全然似ていなかったな」


「そりゃ俺、親父様みたいに血みどろな戦乱の時代を潜り抜けたわけじゃないし」


「お前の方が冷血だ」


何故、という視線に答えるようにくつくつと笑い声を漏らして、殲華は言葉を紡いだ


「お前のそれは、頭の中が真っ白なのではない、何も感じていないだけだ。この惨状に、気持ちひとつも揺らしていないんだ。
多くを手にかけ麻痺したんじゃない、元から鈍い。所謂生粋か?」


実に面白そうに殲華は笑った。

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