目が覚めたら棺桶7
・時間
あかいのが来なくなった分、俊臣と過ごす時間が増えた。増えたといっても、お仕事の手伝いをする時間が増えたというだけで、二人だけのゆっくりとした時間が延びるなんてことはないんだけど。
なんであかいのは来ないんだろう? 私が受けられなくなってしまった試験についても尋ねてみたかったのに、十日に一度の約束だった日に、彼が現れることはなかった。


・理由
どうしてあかいのが来ないのか、俊臣に訊いてみた。

『仕事が忙しいんじゃない?』
「『あかいの、仕事する、してるの? 常暇のよう』」

正直、無職だと思っていたなんて言えない。だって、あんなわがままな子供みたいで高圧的な人、正規雇用どころかバイトの面接すら通るわけがないと思うもの。万が一雇用されても、絶対に周囲が手を焼いて辞めさせられるタイプだと勝手に思っていた。
まさかあの態度、私に対してだけなんだろうか。いやでも、考えてみれば当然か。そんないい大人が分別もなくあんな態度をとるわけがない。

「『それでも、来ない変。連絡ない。』ほうれんそう、社会人の常識でしょ…」

思わず言葉をこぼした私に、俊臣はまるでこれ以上言の葉を紡ぐなとでもいうように、うっすらと微笑んで立てた人差し指をそっと私の口もとに押し当てた。

――ひいいい。心臓に! 心臓に! 悪いわ!
彼にしてみれば、何てことはない示唆なのだろう。なのに、こんなにも心が暴れる。
それを無理やり押し込みおさえつけて、抵抗するように私は言った。

「『あかいのに、俊臣がした? 何か』」
『……そんなところの勘はいいんだね』

勘がいい! 褒められた!!

『彼に少し注意したんだよ』
「『ちぅ、ちゅい?』」

初めて聞く単語だ。首をかしげていたら、『忠告や警告のようなもの』と教えてもらった。『忠告』はまだ知らない単語だけど、『警告』ならあかいのも散々言っていたからなんとなく分かる。あかいの曰く「首をはねる前に一応言っておくもの」だ。……そりゃ来なくもなるわ! ただでさえ俊臣を怖がってるみたいなのに、そんなこと俊臣から言われたら近づかなくなっちゃうわ! 俊臣、冗談にしたって言うことが物騒すぎる。……冗談だよね?

あかいのは、今頃、自宅でガタガタ震えていたりするんだろうか? そんなことを考えてみても、あの不遜なあかいのが怯えている姿なんて、私には想像もつかなかった。


・余生
赤いのが逃げた! 仕事までやめて故郷に帰ったとか!
そんなに俊臣が怖かったのか。ちょっと可哀想だ。余生を田舎でのんびり過ごすんだそうだ。余生って。

あかいのが何度か世を騒がせていたみたいなことは人づてに噂にきいたけど、あの時以来、ずっと彼とは顔を合わせていない。多分、挨拶にも来ないだろう。すごく薄情。

それでも、会えなくなるとは思っていなかったから、今生の別れになるほど遠い遠い田舎にいってしまうと聞いて、わたしはほんのりとさみしさを感じてしまった。


・深く
黎深が貴陽を去り紅州へ行くことを聞いてから、彼女は気を落としていた。
ただでさえ彼女は、限られた空間と人の中で過ごしていたのだ。その上黎深は彼女の故国の言葉が唯一通じる人間で、この国について彼が教えたことも多い。とあれば、彼女が彼に一種の依存心を抱き、いなくなることに寂しさを覚えるのも仕方のないこと。そう、仕方がない、自然のことと理解しながら、俊臣は悪戯に尋ねてしまった。答えはわかっていたにしても、それが聞きたかったから。

「黎深についていきたい? ボクから頼んでみてあげようか」

もちろん、黎深が受けるはずもない。そもそも、俊臣も頼むつもりはない。ただ、彼女の反応見たさに口にする。
彼女は案の定怯える顔をして、嫌と首を左右に振った。俊臣の服の袖を掴む彼女に、俊臣は笑う。

「冗談だよ、不安にさせてごめんね」

安心させるように、声穏やかに彼女のを優しくなでれば、彼女はあっさりと表情を緩め、嬉しそうにふにゃりと笑った。彼女の喜びは、素直で、わかりやすくて、どこまでも単純だ。

気を許し、俊臣に全幅の信頼が置かれていることがわかる彼女の態度に、俊臣は感情が動かされるのを感じながら、彼女がこの彩雲国で自立し生きるのならば、この状況は彼女のためにならないのだろうなどと考えた。


・朝
習慣とはおそろしいもので、私の朝起き夜寝のリズムは、俊臣の仕事を手伝いだすうちにめちゃくちゃになってしまった。
夜更かしは慣れていたつもりだったのに、やっぱり夜眠れないとなると身体にも負担で。はじめのうちはお昼寝で睡眠時間をとっていたのすら、眠くてお昼まで起きていることもできなくて、寝落ちてしまったり、朝に眠るようになってしまった。当然、起きるのはお昼過ぎや夕方。これじゃあ俊臣と一緒だ。

さらなる問題はこれだ。目が覚めたら棺桶、そして俊臣。
寝落ちてしまったところを拾ってくれて、風邪をひかないようにしてくれているのだろうけれど、いつの間にまた、彼と棺桶で眠るようになったのだろう?

少しずつ距離を取り戻して、元みたいな心地いい距離に戻ってきたことは嬉しい。結局女性としてみられていないのだろうことを考えると、少し落ち込んでしまうけれど、それでも、私の心は穏やかで、とてもとても満たされている。

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目が覚めたら棺桶
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