06
さて、そうして櫂兎と楊修の手伝いもあってなんとか着れた服に、志津はげっそりとしていた。しゃらん、と玉から借りた装飾品が揺れる。

「女性は大変なんですね…」
「まあでも、慣れのところもあると思うよ」
「それは貴方が慣れるだけ着たということですか」
「あはは」

楊修の問いを笑って流す櫂兎だが、その問いの答えは志津にも気になるところだ。彼は楊修の手も借りず、志津が着るのに掛かった時間の半分もかけず着てしまったのだ。
ふと、服の着せ方を知ることは脱がせ方を知ることだ、なんてことをどこぞの常春頭が話していたことを思い出した志津は、まさかと櫂兎を見る。彼があの春男と同類とはどうにも思えないのだが、会ってまだ数刻、判断を下せるほど彼と時を共にしたわけでもない。可能性がないわけではないのだ。
とはいえ、到底信じられないことであり、志津は早々に可能性を掻き消したのだが。

「着たか」
「ええ、まあ」

一旦個室を出て、志津達は女性物の服を着用した姿をみせる。黎深は櫂兎の胸元をみてぽつんと呟いた。

「……ないな」
「ああ、胸。確かにぺたんこですね」
「あったらおかしいでしょう男なんですから!」
「布でもつめますか?」
「布では形が悪くなります」

玉の提案に、経験者は語るとでもいう返しを楊修はした。また櫂兎がしみじみとしている。

黎深が、ふ、と笑った。何かを思いついたとでもいう表情だ。思いついた、というより企んだ、と表現すべきかもしれないが。

「饅頭屋、丁度いいものがあるだろう」

丁度いい? その言葉の意味を考えて、まさか、と志津は頬をひきつらせた。
確かに、今日志津が黎深の要望で持ってきた饅頭は、丁度4つ。いやでも、そんなまさか。…まさか。

「饅頭を、詰めろと?」
「そうだ」
「名案ですね、流石紅尚書」

黎深を讃える玉の言葉に、志津はぎょっとした。

「それ本気で仰ってます?」
「本気にきまっているじゃないですか。尚書の采配ですよ」

けろっと玉は言葉を吐くが、もちろん本気なはずがない。後で揶揄えることが増えると喜んでいた。
本当にそうなのかなと志津は首を傾げながらも、隣の櫂兎があまりにあっさりと饅頭を受け取るので、志津も受け取ってしまう。ふわふわのお饅頭だ。

「そうだ。気になったんだけどさ、志津さん、お饅頭屋さんなの?」
「いえ、実家は商家なんですけれどね…。彼にとって、私は饅頭屋のようです」
「あー…」

納得いったという風に、櫂兎は頷いた。
さて、櫂兎はあっさりと胸に饅頭を詰めてしまったが、志津はというと、やはり食べ物をそのように扱うことに抵抗があり、葛藤していた。

「うう…お饅頭、おいしいお饅頭を胸に詰めるなんて…食べないなんてもったいない」
「あとでおいしく頂くから問題ないって」
「それはそれで、衛生的に良くないと思うのですけれどね」
「それは言わないお約束」


「…まあ、後で食べるなら」

それならいいかと志津は饅頭を詰めた。胸もついたことで、身体のラインは申し訳程度に女性に近付いた。

「あとは、髪とお化粧だね」
「う、…そう、ですね」

櫂兎の髪はどうするのかと思えば、楊修に鬘を渡されていた。
さて、化粧か…。どうしたものかと志津が考えていると、楊修と目が合う。

「あなたは化粧出来るでしょう。私が施さなくても」

とてもでは無いが一般的には手に入らないような化粧道具が沢山入った大きな箱を机に置いた楊修は皮肉気に志津に言った。確かに覆面吏部官をしていた事もある。ありはする、のだが。

「うーん、私は女装は…専門外、でしたから…ほら、楊修殿の方が似合いますし」
「嫌味ですかあんた」
「なら俺、やろうか?」
「えっ」

戸惑う志津をよそに、櫂兎は白粉と紅をとった。そして此方に容赦なく手を伸ばしてくるものだから、ギョッとし、思わずギュッと目を閉じてしまった。その間に、やれやれ仕方ない、といった表情をした楊修は、下の方に結ってある志津の伸ばしっぱなしの黒髪を弄り、櫂兎はあれよあれよと慣れた風に志津の化粧を仕上げてしまった。密かに、志津より上の立場になれた優越感に浸ってしまった事に楊修は始終機嫌が良さそうにしているのを櫂兎は見逃していなかった。

「出来ましたよ」
「……楊修殿、頭皮が、痛いのですが」
「女性はいつもこうして綺麗になっているんです。我慢してください」
「じょ、女性は、やはり大変ですね……」

痛がる志津を見て楊修がいい笑顔を浮かべたのに、これは態とだろうなと櫂兎は思った。

「ほら、志津さん、鏡」

櫂兎に渡された手鏡を恐る恐る覗き込んだ志津は、思わず瞠目してしまった。目元にさされた朱色、頬にも白粉の上に紅白粉が混じっていてとても扇情的だ。ただ、自分でなければ。志津は泣きたい気持ちになった。

「じゃあ俺もやるかー。化粧道具借りるよ」

楊修から化粧道具を借りた櫂兎は、これまた手慣れた様子でひょいひょいと化粧を施していく。整った顔立ちだなとは思っていたが、化粧を一つ一つ乗せていくたびにどんどん化けていく櫂兎に、見ていた楊修と志津は固まってしまう。目が離せなかった。

「あ、あのさ、大したものでもないのに、そんなに見つめられると恥ずかしいんだけど」
「……いやいやいや、棚夏殿……その、とても、お美しい……あなた自身が持つ美しさを際立たせるように、ひとつ、ひとつが輝いております……中でも菫色の瞳が綺麗で、見ていると吸い込まれそうで……」
「ヒッ」
「一応男ですからね要官吏。色ボケはやめてください」
「色ボケだなんてそんな、思った事言っただけじゃないですか……」
「え、何それ怖い本気で思ったの」


尚も熱い視線が志津から送られてくることに、櫂兎はびくびくしながらも、化粧を終える。そこには、すっかり『美女』となった彼がいた。

「はー、こんなにお化粧で緊張したの初めて…」
「なんて…眩しい、大輪の花が咲いているようだ…その香りも芳しく」
「ヒッ」
「だから、色ボケはやめてくださいと先ほども言ったでしょう。ほら、行きますよ」

楊修に急かされ、櫂兎はほっとしたように、志津は別に色ボケたわけではないのにと少し眉を下げた表情で個室を出た。


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深海でお米を炊いてきました。
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