05
「それで、工部まで巻き込んで何するつもりだ?」

吏部に呼び出された飛翔は、愉快なことになりそうな雰囲気を掴み取って笑う。何故こいつを呼んでしまったかと鳳珠は嘆いた。
黎深はひとつ鼻をならして、飛翔に言った。

「お前のところにジャラジャラとした奴がいるだろう」
「陽玉か」
「玉ですって何度言ったら貴方は!」

飛翔についてきていた玉は、声を張り上げたあと、こほん、とひとつ咳払いしてから黎深に問いかけた。

「緊急事態、とのことでしたが。それで、私に何の御用でしょうか、紅尚書」

若干声が低いあたり、ジャラジャラした奴と評されたことが不服らしい。そんな玉に黎深はふてぶてしく用件を告げた。

「お前の手を貸せ。具体的には、お前の持っている装飾品を渡せ」
「嫌ですよ! 一体何のために」
「奴の正体を暴くためだ。楊修の奴は渡したぞ」
「無理やりぶんどったの間違いだろう」

実際その光景を見ていたらしい鳳珠の突っ込みに、玉は机の上に並んだ装飾品をみやった。どおりで、見覚えのあるはずだ。

「ああ、今日来てるんだったな。一日だけ吏部の仕事を手伝うとかいう奴が」
「霄太師の紹介なんですから、そうどこの馬の骨とも分からないなんてことはないでしょうに」
「あの狸爺だからだ。ただ仕事を手伝わせるためだけに、人なぞやる筈もない。だから、だ。策を立てた。その装飾も、それに使う」
「策?」
「ろくなことにならん気しかせんのだが」
「まあ見ていろ、今に来る」

黎深がまだ言葉も言い終わらぬうちに、扉が勢いよく開けられた。そこから尚書室に入ってきたのは、志津と櫂兎であった。

尚書室に本来いるはずもない面々を華麗にスルーし、志津は黎深に詰め寄った。
櫂兎は微笑みをたたえたまま、そんな志津についてくる。黎深以外の面々に、少し眉を上げることはあったが、彼らからの好奇の視線はものともしていない。

「紅尚書! 一体どういったおつもりですか」

志津の問いは、その黎深の指示が不適切だと暗に訴えている。しかし、黎深はこともなげに答えた。

「どうもこうもない。絳攸が後宮に迷い込んだ、見つかったら醜聞だろう。自力で戻ってこれるとも思えん。後宮をうろついても目立たぬよう女装して、絳攸を探して連れ出せ」
「いやまずどうして女装することになるんです! …いえ、百歩譲って女装もよしとしましょう。ええ、しましょう。
しかし、しかしですよ。何故そこで私と彼が選ばれるのです!」
「お前達が適任だと判断した。要は似合うと思ったからだ」

そう告げる黎深の顔は自信に満ち満ちている。どこからそんな自信が湧いてくるのか。

「他にも候補はいたでしょうに!」
「ははは…」
「はははじゃないですよ棚夏殿!」

貴方もするんですよ貴方も! 女装を! と志津は詰め寄るのだが、櫂兎は笑うばかりだ。黎深の指示を受け入れているらしかった。吏部で黎深の理不尽さに幾度となく晒されてきた志津だったが、それより余程彼の方が黎深の我儘慣れしているように見えた。

「つまり、私の装飾品を彼らの女装に使う、と」

玉の言葉を、黎深がその笑みをもって肯定する。玉はふむ、と顎に手をやった。

「要官吏に関してはお貸ししましょう。借りがありますからね」

借り、を強調する玉だが、志津にそんな心当たりはない。それもそのはず、借りといってもそれは、志津がすっかり記憶をなくしているあの酒宴での出来事のこと。その雪辱に、彼の女装を手伝って後々まで揶揄ってやろうと玉は考えていた。

「ただし、彼はお断りです。平凡な男に貸す装飾品なんて欠片たりともありませんよ。こんな顔も身なりも平々凡々な…おや変わった服ですね」

服を置いて帰るなら考えます、とのうのう述べた玉に「裸で帰れっての!?」と櫂兎は突っ込む。櫂兎は玉から借りない方針になるらしかった。自然、楊修の装飾品が割りあてられる。

「失礼します」

そこに、まるでタイミングを見計らったかのように楊修が入ってくる。その手にあるのは、明るい色を基調とした、およそ男物とは言い難い色合いの服と、化粧道具の詰まった箱だ。

「おおせつかっていた、女装に必要な道具をお持ちしました」

執務机の前まで一直線できた楊修は、迷いもなく志津と櫂兎に持ってきた服を手渡す。
……ひらひらだ、ひらひらのふりふりだ。いや、女性物といったらそういうものなのかもしれないが。これを着るのかと思うと、志津にはなかなかくるものがあった。
ちらりと横の櫂兎を見てみるが、彼は至極けろっとしていて、どこで着替えればいいのかを尋ねていた。
着替えは、尚書室の側の個室でするらしい。まだぼうっとした心地の志津に楊修が声を掛ける。

「早くして貰えますか?」
「あっ、すっ、すみません…」

志津は慌てて移動する。それを見て溜息をつく楊修に、肩を窄めるような心地がする。

「尚書に、あなた方の手伝いをするよう言付かっています。一応、経験者として分かることもありますので」

経験者、という言葉に櫂兎は食いついた。

「えっ、女装したことあるの」
「…仕事で必要でしたから」
「そう、だったのか…」

彼は、楊修の言葉に謎の衝撃を受けているようであった。女装をしろと指示をうけた時よりも衝撃を受けているとは、どういうことだろう。


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深海でお米を炊いてきました。
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