03
「おう、三日……違った、棚夏殿とやら」
「へ?」

最初に接触してきたのは目をギラギラさせた奏官吏だった。まさか最初の三日、というのは棚夏殿がもう三日休暇の産物にしか見えなくなってしまったのか。志津は櫂兎の隣で密かに頭を抱えた。

「どうかした?」
「ぶっちゃけ聞く。歳は幾つなんだ?」
「心は永遠の20代!」
「だぁぁぁ!そんなのは求めてねぇっつうの!」
「じゃあもうすぐ還暦」
「……なるほど、一筋縄ではいかねぇって訳」
「別に俺が嘘ついてるとかじゃないんだけど……」
「あっ、じゃあ、じゃあ、国試は受けられましたか?」

聞き耳をたてていた一人、秋官吏が次は参戦した。あまりにもぐいぐい食いついてきた事に志津は苦笑を漏らした。もう少し自然に上手くやれないものだろうか。いや、これも吏部には滅多に無い癒しの一つだからこのままでいいか。櫂兎は隣でにこやかに、うんうん、と一人納得気味に首を振る志津に不思議そうな顔をしながらも口を開いた。

「うん、受けたよ」
「何位で及第したか聞いてもいいですか…?」
「それは秘密。受かったかも秘密」
「うっ……」
「秋め、この役立たず」
「酷いです!奏官吏だって一つも聞けてないじゃないですか!」
「お?言うようになったなぁ?秋?」
「こら、奏官吏。後輩をいじめてはいけませんよ」

志津が奏官吏をたしなめると、奏官吏は口を尖らせたまま席に戻って行った。その一連の様子を櫂兎は不思議そうに見ている。

「これってなんか疑われてる?」
「そんなまさか。皆棚夏殿と仲良くなりたいのですよ」
「それにしては根掘り葉掘り……いや、いいんだけどさ」
「横から失礼します、あの、棚夏って氏はあまり聞き慣れませんが……平民の出なのですか?」
「あ、確かに、聞き慣れないですね」

次にひょこりと秋官吏の後ろから顔を出したのは碧珀明だった。素性を探れと言われたのがいけなかったのか、少し警戒しているようにも見える。だがその疑問に純粋に首を傾げる秋官吏で相殺されている(気がする)ので、志津はフォローせずに見守る事にした。

「確かに、珍しいのかもね。平々凡々な一般家庭出身だけど」
「あ、でも、欧陽侍郎も氏が二文字じゃないですか。そんな物珍しくもないんですかね、二文字」
「そ、そうですけど、」

秋の言葉に珀明はまさか身内の話をされるとは思っていなかったのでたじろいだ。確かに欧陽家は自然と受け入れているのに棚夏という氏は受け入れないのは可笑しな話だ。珀明は素直に、すみません、と謝った。それに櫂兎は慌てて、大丈夫だよ、と微笑んだ。

ちなみにこの純粋二人組のあまりもの純粋さに志津が涙ぐんでいたのを櫂兎が見逃さずに変な人を見る目でちらちら見ていたのは別の話である。

「それにしても……なんだろ、転校生になった気分」
「………え?」
「あ、いや、何でもないよ!俺の故郷の言葉だからさ」

志津は一瞬、妙に聞き慣れた言葉を聞いた気がしたが、はてどこで聞いたのだっけか。だが本人が気にするなというのだから、気にしない方がいいかもしれない。

「それにしても本当に仕事早いですね!どうやってるんですか?」
「あ、私も気になります」
「ん?いや別に特別な事はしてないよ。まず書翰を、こう、種類別に分けて……」
「え」
「え」
「そして、」
「うーん棚夏殿、まずその種類別に分ける所から着いていけてないようですね」

珀明と秋は目を白黒させながら櫂兎の手元を見ている。瞬時に種類別に分けられた書翰と櫂兎の手元を交互に見るその目は意味がわからないとでも言いたそうだ。

「えーとね、まず書翰にも関連付けて処理するものがあるでしょ?それを見極めるんだよ……例えば、これ、工部への人員派遣に関する要請書と……あとは、」
「あ、もしかして、それと釣り合いがとれるように目録から引っ張ってきて……そしてこことこことここ……」
「あ、あと、ほら、ここも空いてるから」
「あ、ああ!一々一個ずつ片すより効率いいですね!吏部の人員目録も出来上がって一石二鳥です!」
「そうやって関連付けて、種類別に分けると早く終わるよ。俺からのちょっとした助言」

志津は今の一連の流れに舌を巻いた。
すんなりと為された文句の付けようのない説明に感嘆したのだ。どういう処理をするのかは教えてきたが、どうやったら効率的かは教えてこなかった志津にとって、櫂兎のちょっとした講座は衝撃を与えるものだった。当初の目的も忘れて嬉しそうに自席に戻った珀明と秋を見送りながら志津は、ほう、と息を吐いた。

「随分指導が上手いのですね……いやあ知れば知るほど吏部にいてほしいですよ…いや吏部官として適正に判断するなら礼部ですかね……」
「礼部かぁ」

志津の言葉に、櫂兎は意外そうに、そして遠くを見るように少し目を細めた。

「仕事が出来るのなら吏部は万々歳で大歓迎なんですがね。要官吏、中書省から査定に関する書翰が届きましたので一読お願いします」
「おや、淑官吏。ありがとうございます」

手渡された書翰を受け取りながらお礼を言った志津に軽く礼をすると、淑は此方を見上げていた櫂兎に向き直った。今まで来た吏部官の中でも一番興味が無いという視線を投げかける淑に、櫂兎はまた不思議そうな顔をする。

「何か用?」
「いえ……一つ、いいですか」
「うん、どうぞ」
「ここに来て嘘はつかれましたか」

志津はなんとも微妙な笑みを浮かべた。なかなか可愛い質問をするが、初対面の櫂兎にするにしては失礼な質問だ。
だが、志津の心配は杞憂だったのか、櫂兎はほわほわと笑った。

「ついてないよ」
「……そうですか。非礼をお詫び致します」
「いえいえ。むしろ受け入れられるのが早すぎてさ、なんかありがとう」
「そこでお礼を言うのもなんか違う気が…」
「まあまあ志津さん気にせずに」

なんともどこか可笑しい人物とだけわかった淑は、ふ、と小さく笑うと、また一礼して自席に戻ってしまった。志津はそれに目を丸くする。

「棚夏殿、凄いですよ、彼を一瞬で懐柔するのは難しいんですよ」
「そんな珍獣みたいな……」
「いやもう本当……このまま吏部に居座りませんか?」
「ごめんね」
「くっ……景侍郎の気持ちがわかる…っ」

しくしくと両手で顔を覆うと、櫂兎は困ったように笑った。心は微塵も変わらないらしい。残念だ。

しかしながら、棚夏殿は嘘はついていないと言い切った。ここまでで棚夏殿についてわかっているのは、官吏として十数年働いていて、平民の出。ということは資蔭制では入っていないだろうから、国試を及第した官吏。ここまではいいとして。そう、歳。

「還、暦……?」
「どうかした?」
「………いえ」

元々参加する気は無かった志津は、考える事を止めた。この後も他の部署の吏部官も櫂兎に質問しに来たのだが、悉く何も掴めないまま、時間が過ぎたのだった。

因みに、櫂兎の素性に関する調書で『元官吏なのに吏部の蔵書に名前の無い人の素性なんてわかるわけありません。異世界から来た別の国の官吏経験のあるトンデモ人間だと判断します』とやる気0のトンデモ調書を提出した淑に三日休暇が出される事になるのはこれより少し経った後の事である。


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深海でお米を炊いてきました。
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