白虹は琥珀にとらわれる 02
翌日のこと。鈴将は、華蓮に頼まれていた地図を持って府庫に向かっていた。その足取りは軽い。今ならば空でも飛べてしまいそうなほど、彼は舞い上がっていた。

もうお目にかかれないと思っていた先代筆頭女官と、また偶然会えた。それだけでも奇跡だというのに、先日の礼をするという形で、更にまた会う約束ができるなどと。

府庫に到着し、鈴将は一度足を止めた。その場で何度か深呼吸をしたのだが、緊張はちっとも解れてはくれなかった。泣く泣く諦め、覚悟を決めて府庫にいるであろう華蓮に声を掛ける。
彼女は窓辺の席にいた。書物から顔を上げる動作ですら美しい。

鈴将の持ってきた地図を手にして、華蓮は微笑んだ。


「ありがとうございます」


鈴将は息をのむ。華蓮の微笑みは、自分へと向けられていた。時が止まったかと思った。
もうこんな機会はないのだろうと、鈴将は彼女の姿を目に焼き付ける。そこにいるだけで圧倒されるような、存在感の奔流。強烈だった。


「もしもし? 大丈夫かしら」


彼女の呼び掛けで、鈴将は意識を引き戻す。しかし、次の句は出てこなかった。完全に、彼女にのまれていたといっていい。


その後の記憶は、面白いほどに残っていない。ただ、熱に浮かされた頭を上司に引っ叩かれるまで、相当自分はふわふわとしていたらしい。







櫂兎は、鈴将が無事に兵部まで戻れるか、心配しながらもその背を見送った。熱でもあるのか、鈴将は始終顔を真っ赤にして、言葉も発し辛いようだった。夏風邪だろうか? 調子のよくない時に頼みごとをしてしまったようで、悪いことをしたなぁなどと櫂兎はひとりごちる。真実は別のところにあったが、櫂兎には知る由もない。

それから、鈴将から受け取った地図を見る。お目当通り、主要施設以外にも地形が描き込まれている紫州の地図だ。しかし――


「……載ってないものを見つけるって、難しいなあ」


探し物を見つけるには、まだまだ時間がかかりそうだった。
息を吐き、壁に背を凭れ掛ける。気を抜けば、そのまま心まで沈んでいってしまいそうだ。それは嫌だと自分を追い立てる。まだ、自分は頑張れる。


「もう少し、気を楽にしてもいいんじゃないですか?」

「ひょっ!?」

「驚かせてしまいましたか、申し訳ありません」


奇妙な悲鳴をあげた華蓮に、ぺこーと頭を下げたのは邑だった。
後宮に滞在を始めてからは、彼には会うはずもないので、姿を見るのは酷く久しぶりだった。相変わらず小動物のような、庇護したくなる可愛らしさがある。


「いえ、こちらこそ。府庫への来訪に気付かず、お見苦しいところをお見せしましたわ。ところで貴方は、こちらに何かご用事?」

「沃様のおつかいなんです。あの人、ものぐさだから、調べ物も丸投げなんですよ!」


絶対侍童にさせることじゃないですよ、こんなの、と邑は唇を尖らせながら、書棚から書物を数冊抜き取った。そのどれもが、金属加工や武器に関するものだ。
不思議そうな顔をしている華蓮の疑問に答えるように、邑は言う。


「回収した武器の形や種類から、どこで作られたものなのか割り出すんですよ」

「……それ、私が聞いて宜しかったんですの?」

「貴方も全くの無関係というわけではありませんし。侍童を使うくらいです、大丈夫ですよ」


にっこりと曇りない笑顔を邑は見せた。彼のいう、無関係でないというのはつまり。


「例の、襲撃現場からの回収品ですか」

「そうです。沃様ったら珍しく頑張ってるんです」


邑は、至極楽しそうに笑って、書物を抱え直すと、華蓮に向き合った。


「あまり根を詰め過ぎないように、探し物、頑張って下さいね。それでは」


略礼を一つ残して、邑はぱたぱたと走っていった。

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空中三回転半宙返り土下座
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