青嵐にゆれる月草 46
床に転がっていた男達を一度拘束して、改めて床に転がしてから、男達の持ち物を漁る。大したものは入っていないが、それでも彼らがどこから来たのか知るには十分だ。誰も似たり寄ったりな地位だったが、比較的情報を持っていそうな者を見繕う。


「さあて。起きてくださいな」


ぺちぺちと頬を叩いてみるが、きれいに落ちてしまっているらしく、起きる素振りがない。さっさと引き渡して、あとは本職に任せた方がいいだろうかと考えていた時だった。男を掴んでいた右腕に向かって、銀の刃が飛んできた。


「嘘だろ!」


慌てて男を横たえて手を離し、その場から数歩離れる。数秒空いて、とすんと室の柱に短剣が刺さる。

(怖! 何これ怖っ! 俺の腕が狙われてたっていっても、少し外れれば男の首にぐさりだったぞ? 証拠隠滅ってか! 何の証拠か知らないけど)

櫂兎が肩を縮こませていれば、一人二人と黒衣に身を包んだ者達が続その姿を現わす。同じ黒い布にしても、床に転がっている男達とは纏う空気が違う。その数ざっと十はいるだろうか。


「第二陣があったなんて聞いてない」


そんな櫂兎にお構いなく、黒衣達はそれぞれの手に凶器を持って櫂兎へとおどりかかった。


「ひいーっ! …なんてね」


櫂兎は両腕を広げて笑う。


「仕込みが無駄にならなさそうでよかったよかった」


そう言って櫂兎はぐいと何かを手繰るように右手をあげた。黒衣達の後方で、何かが弾ける音がする。それと同時に、櫂兎は一番側の黒衣目掛けて駆け出した。


「一人目っ」


身を当ててそのまま地面に押さえ込み、刃物を手放させ無力化してから拘束し転がす。


「さーあ、遊んであげましてよ。このところ気持ちに余裕がありませんから、手加減できるか分かりませんけれど」


くいくいと挑発をしてみるが、乗ってすぐさま襲いかかってくるようなこともない。何かの合図を送りあっていたかと思えば、数人まとめて向かってきた。どうやら、数で押すことにしたらしい。

元々、妹を守れるのは自分だけだと、あらゆる場面を考えて、一対多数を前提に訓練してきたのだ。流石に異世界に来て本職の暗殺者とやりあうことまでは考えてなかったけど! 身を守るだけなら、この人数はまだ対処のできる人数だ。

程なくして縛り上げた人間の束ができる。最後に立っていた者も片付けて、さてこの人の束をどうしましょうと腕を組んでいると、その束からごきりと何か鈍い音がし、一人束から飛び出してきた。

櫂兎は慌てて飛び退く。その目前で、がちんと空に噛み付くように黒衣の歯がうちならされた。その黒衣は手早く足元を浚って落ちていた刃物を咥える。
右肩が斜めにずれ、指があらぬ方向へ曲がっているのは拘束を解こうとした名残か。ここまで捨て身になるかと、その執念にぞっとする。それでも両腕の拘束は解けていない、それに安心すればいいのか後悔すればいいのか、櫂兎には分からなかった。どちらにせよ、危ないことにはかわりない。

一人で向かってきたことや、逃げるより立ち向かうを優先したことに、違和感を感じながらも相対する。
黒衣は真っ直ぐ突っ込むようにして櫂兎に向かってきた。いつもの調子で殴ると、黒衣が口に咥えた刃で喉奥突き刺し死にかねない。血の海を想像して思わず櫂兎は避ける。黒衣がにやりといやらしく笑うのが見えた。その悪意の塊ともいえる笑いに櫂兎は総毛立った。気味が悪い。
同じようにして、また黒衣は真っ直ぐに向かってくる。自殺志願としか思えぬ行動にあわててこちらが避ければ、また気味の悪い笑みだ。こちらに殺す気がないのを、黒衣は確信していると、櫂兎はそこで理解する。

これは守りか逃げに切り替えるのが得策かと櫂兎が考えはじめたところで、黒衣が今までにない速度で突っ込んでくる。黒衣の両腕は拘束中、受け止めなければ顔から地面に突っ込んでお陀仏だろう。本当に文字通りの"捨て身"だ。「何やってんの」と櫂兎は思わず悲鳴をあげ、受け止めるような態勢をとった。…自分のお人好しさに泣きそうだ。

これは刃物が刺さるぞと、櫂兎は歯を食いしばった。
腹部くらいなら、いやしかし彩雲国の医療技術では、だが葉医師ならあるいは、でも毒が塗ってあったら。そんな思考が一気に頭を駆け巡る。

その時だった。衝撃に備える櫂兎の目前で、黒衣の咥えた刃物は、何処からか飛んできた苦無に弾かれ飛ばされた。黒衣は口から多少血を流すものの、もちろんのことその傷は命に関わるものではない。
突然のことに黒衣は驚きの表情のまま、背後から首に回された腕に抵抗もせず締め落とされた。

黒衣の後ろから現れた知った顔に、櫂兎はほっと息をついた。


「珠翠、助かったー」


櫂兎は笑顔で珠翠に駆け寄るのだが、珠翠は表情一つ変えないでいる。何かがおかしい。


「珠翠?」


珠翠は腕を振り上げる。がつん、と音がしたかと思えば、視界が揺れた。思わずその場に尻餅をつく。後頭部がじんじんと痛むのに、彼女に殴られたのだと理解した。


「…痛い」


はっと我に帰ったように、珠翠は自分の手と櫂兎を交互に見て、慌てて櫂兎の腕を引き起こした。


「櫂兎さんっ、大丈夫ですか」

「う、うん、意識ははっきりしてるかな。良い拳でした」

「あっ、ああっ! これは、その……間違えて」


彼女の意志によるところのものでないのは、分かりきったことなのに。『間違えた』なんて、それは明らかな嘘、あまりに苦しい言い訳だ。


「あー…」


結局、こうして彼女は相談の一つもしてくれないのだ。


「俺そんなに頼りない?」

「ごめん、なさい」

「話してくれないんだ」


櫂兎は、寂しそうにそう言った。泣きそうな顔をした珠翠に苦笑して、彼女の頬を撫ぜ、優しく抱擁する。


「早く帰っておいで」


抱きしめ返すように、櫂兎に回っていた珠翠の腕に、力がこもる。

……あの、いくらなんでも、ちょっと力入りすぎじゃありませんかね珠翠さん。
ちらと彼女の顔を覗くと、その表情はまさに、縹家の人形を彷彿とさせる無機質なものとなっていた。

こんなのって、ないや。
悲しみに押し潰されるより先に、意識は闇に落ちた。

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空中三回転半宙返り土下座
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