青嵐にゆれる月草 39
38頁を飛ばした方の為に説明しますと、
皇毅との鎧の約束を果たしに行ったはずが、なんやかんやあって途中で逃げ出すことになり、ついでに清雅君に、後宮に滞在中の華蓮が櫂兎だとばれてしまいました。




目の前の『華蓮』が、櫂兎であったことに衝撃を隠せない清雅は、震える指で櫂兎を指差して言う。


「嘘だ…」


あの毅然とした、気に入らない、けれども視界に入れざるを得ない、嫋やかそうなふりしてその実強烈なあの女性が、実際は女装男であるなどと。自分の知っているあの『女性』はどこにも実在しないのだと、そんなことは、清雅には到底受け入れ難かった。


「嘘だ…いや、詐欺だ。いや、分かった…分かったぞ! 普段は男装しているんだな!」


言うや否や、清雅は櫂兎の服を剥ぎにかかる。


「いやあああやめてええええ」


そんな櫂兎の叫びも虚しく、清雅は素早く櫂兎の腰紐を緩めたかと思うと上服をはだけさせ胸元に手を伸ばす。


「責任はとる!」

「とらなくていいいいってか本当お前ら勘違い好きだな?!! うわなにするやめr」


ぽろり、と櫂兎の胸元からふわふわの肉まんが転がり落ちた。
――北斗の件の再来である。


「うわああああああ」

「うわああああああ」


阿鼻叫喚、地獄絵図。両者ダメージを負い、その場にがっくり膝をつく。

それは、あまりにも悲しい事件だった。櫂兎は、踏んだり蹴ったりに頭突きでも追加されたような気分だった。


暫く二人とも無言でいたが、ぽつりと清雅がぼやいた。


「詐欺だ…」

「まあ、別人みたいだとはよく言われるね」


疲れた顔でのろのろと服をなおしながら櫂兎は気弱に微笑み言葉を返す。ぺたんこになってしまった胸を撫でて、落ちた肉まんを寂しそうにみつめた。
清雅も櫂兎と同じ場所に視線を向けて呟く。


「何故、お前が……『華蓮』の正体が棚夏? いやしかしそれでは、先代筆頭女官は…」

「……この、今俺が女装してるのには、深いふかーいワケがあってね?」


そう、深いワケ。とはいえ、全ての真実をそのままに明かすのは、どうにも支障有りかと櫂兎は思考する。

男が後宮で役職についていただけでも問題であるのに、その役職の中でもトップを張っていただなんて、もう色々と表にできない。かといって、黙っておいてくれと頼んでは、何を対価に要求されるか分からない。嬉々として無茶な要求を突き付けてくる清雅が櫂兎の瞼の裏に思い浮かぶ。怖い、怖すぎる。

そこで、櫂兎はぴんと思いつく。
本来なら、長官にもし櫂兎だと暴かれてしまった時に話すつもりで用意していた言い訳、もとい嘘だったが、幸い今使えるのではないか、と。そう思うが早いか、櫂兎は神妙な顔で、それを語り始める。


「その、先代筆頭女官の華蓮って人は、俺の叔母でね。
実は、俺のこの休暇って、長官の頼みで、どこにいるともわからない叔母を捜しに行ってることになってるんだよね。
けど実際は、叔母の居場所はとっくに知っててさ。そもそも、先代の筆頭女官を退いた後も、叔母は貴陽にいたんだ」

「貴陽に? あんなのがいたら、嫌でも噂になるだろう」

「セーガ君、俺んちの場所知ってる?」

「……いや」


そうだろう、そうだろう。邸での暮らしっぷりまで知られるのは流石に嫌で、必死に撒いたおぼえがある。
と、それは今は関係ないのだが、華蓮がさも隠れ住んでいるかのように、意味ありげに「そういうことだよ」と言ってのける。


「話を戻すけれど、じゃあ、どうして俺がこうして女装して、叔母の代わりを務めてるかっていうと、他でもない叔母がそれを望んだからなんだ。
伝説の筆頭女官も、流石に年にばかりは勝てなくてさ、随分高齢なものだから、皺くちゃのおばあちゃんになっちゃって。
けれども、また後宮を訪れるってので、女官達や世間様の夢を壊したくない、いつまでも噂のまま美しくありたいっていうから、こうして顔の似てる俺が、叔母のフリをすることになったってわけ」

「似てるのか」

「似てるよ、目の色とか、背丈もね。流石に胸は違うけど」

「だからといって、肉まんはない」

「そこは突っ込んだら負けなの」


ふわふわだから、これでいいのだ。櫂兎はニッと清雅に笑ってみせた。


「やるとなったら徹底的にって、色々と叩き込まれちゃった。板についてたでしょ?」

「本当にな…。その先代筆頭女官仕込みだというのなら、確かに、納得できないでもない」

「長官には黙っておいてよ。あの人も、憧れの華蓮さんと俺を取り違えたなんて思いたくないだろうし」

「……ああ」


皇毅のため、というのがポイントだ。そうともなれば、清雅も自然と口を噤む。これでは、口止めではなく、そう。秘密。


「女装仲間な二人だけの秘密だね」

「仲間になったおぼえはない、変なことを言うな!」

「えー、似合ってたのに…可愛いかったよ?」

「やめろ…やめろ…!」

39 / 49
空中三回転半宙返り土下座
Prev | Next
△Menu ▼bkm
[ 戻る ]
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -