桃仙宮の室で、十三姫に彼女の身の回りの世話をする者たちが紹介される。それらの者達の挨拶も済んだところで、華蓮は桃仙宮を後にした。
どこか慌ただしくしている女官達を不思議に思いながら、滞在中の室に戻ってきた華蓮は、十三姫から渡された文を広げる。
近況報告もそこそこに、その内容は十三姫と楸瑛に関してのことにうつる。彼女らのことを気にしておいてほしい、というような文だった。
「……まあ。妹想いで、弟想いなんて。本当にいい『お兄ちゃん』達ではないの」
くすくす、と笑いながら華蓮は筆をとる。
頼まれずともそのつもりではあったが、こうして言葉にして自分が頼られることが嬉しくないはずもなく、こうなっては俺のお兄ちゃん心、いや、華蓮としてのお姉様心が発揮されてしまう。
返事を書き終え、側に控えていた女官に、それを出しておいて貰えるように頼む。届くのはことが片付いてからな気はするが、まあ勢いで書いてしまったからには仕方ない。
一息ついてお茶でも淹れようとしたところで、来客が告げられる。劉輝が来ているとのことだった。
遊びにでもきたのかと華蓮が出迎えに行くと、劉輝はどこか焦りを滲ませた顔でいて、華蓮を見てほっと息をついた。
「こんにちは、劉輝様。あの、どうかなさいましたか?」
「無事だったのだな、華蓮」
「え、ええ…。あの、一体何のことですの?」
首を傾げる華蓮に、劉輝も「知らぬのか?」と少し驚いて話す。
「華蓮を一目見ようと、後宮に押し寄せて、無理に侵入を試みた者たちがいるときいたぞ」
「まあ。女官達が慌ただしいと思ったら、そのようなわけでしたのね」
なるほど納得である。この辺りは後宮でも奥まった場所であるから、その騒がしさまでは届いてこなかったのだろう。
十三姫が後宮入りしたというのに、そちらの話題でこのことが落ち着くと考えていたのは間違いだったらしい。
「と、なると、華蓮は知らなかったのだな。つい先程、珠翠がことをおさめるのに外部の者の協力を要請すると言いにきたから、余は武官を動かす許可を出したのだが」
「……そのような大事なのですか?」
「うむ。数も数だけあって、あちらも退かぬらしくてな、女官達では荷が重いらしい」
「……それ程までにして見たいものなのでしょうか?」
「華蓮はそれほどまでに美しいのだ!」
劉輝は、ほわぁと眩しい笑顔を華蓮に向ける。それから何かに気付いたようにして、しゅんと落ち込んだ。
「元はといえば余が、華蓮がいることを話してしまったから…」
「お馬鹿な行動に出たのはあちらですわ、劉輝様がお気に病まれることではございません。劉輝様は、私が来たことを喜ばれて、皆さんにお話ししたんでしょう?」
「うう…華蓮〜っ!」
うるうる、と目を潤ませた劉輝が華蓮に抱きつく。華蓮は、劉輝の背中をトントンと優しく叩いた。
「そうですわ、劉輝様。本日、藍家の十三姫が後宮入りなされたんですのよ」
華蓮に告げられた内容に、劉輝は眉を八の字に下げた。
「うっ、華蓮は、華蓮は余の味方ではなかったのか?」
「まあ。私は何もどうしろと言うのではありませんわ。ただ、事実を報告したまでです。あとのことは、劉輝様次第ですわ」
「う〜…華蓮は、その姫をどう思った?」
「私、ですか? そうですわねえ…私利私欲のために妃になりにきたわけではないようでしたし、決して、悪い人となりではないと、そう思いましたわ」
「……そうか」
目を伏せた劉輝に、華蓮は小さく苦笑する。
「これは私の抱いた感想でございますから、どのような方なのかお知りになりたいというのであれば、やはり、劉輝様が彼女とお会いになって、お話なさることですわ」
「……うむ。ありがとう、華蓮」
そう言った劉輝の笑顔が、どこか辛そうに見えて、華蓮は劉輝をそっと抱きしめた。
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