青嵐にゆれる月草 28
藍家の十三姫の貴陽入りは、瞬く間に知られていった。時を同じくして、彼女が貴陽に到る道中、幾度も兇手に襲われたという話が内々に届く。彼女の『安全』を考慮した結果、兵部侍郎の手回しもあり、十三姫は離宮・桃仙宮に匿われることとなった。
……素人目でも不十分だと思われるその警備体制は、誰にも指摘されることがなかった。


さて、十三姫の出迎えだ。藍家の姫を迎えるとあって、出迎えは盛大かつ煌びやか。
匿うなどという話になっているのに、目立たせていいのかというところには、これだけ目立つ場では仕掛けてはこないであろうという慢心にも似た考えと、藍家の姫が後宮入りするという噂は知れ渡っていることだから、彼女が滞在しているのが桃仙宮だということさえ表沙汰にならなければいいというのがある。


十三姫は、楸瑛と二人でやってきた。いや、二人と一頭というべきか。十三姫の愛馬・夕影も一緒だ。
着飾ったその姿こそ藍家の姫といえるものだったが、それだけに、お付きや護衛の一人もないのが酷く不自然だ。
藍家の姫の訪れとあって、大仰な支度や付き人の行列を想像していた女官達は、戸惑いながらも、この異様な状況に、しかし藍家だからこんなこともあるかと逆に納得の様子であった。


表向き十三姫に用意された室で、十三姫は手早くその服を、他の女官達と同じようなものに着替える。男装の時のようにともいかないが、それでも随分と動きやすくなった。

室から出ようというところで、十三姫は、室の外で己の異母兄が誰かと話しているのに気付いた。この声は、筆頭女官の珠翠という女性のものだと記憶している。
楸瑛兄様の、想い人。あの扇の主である女性だ。十三姫は扉にそっと耳をあてた。

暫く真面目な話が続いたと思えば、声調を一転させた楸瑛が、まるで口説くように揶揄いの言葉を囁きはじめる。というか、口説いている。うわ、と十三姫が頬を引きつらせた時、その声は響いた。


「うちの可愛い珠翠に随分な態度ですわね?」


然程大きな音でもないのに、その声はよく通り、室内にも十分に届く。楸瑛が、少し驚きの混ざる声で呼び掛けるのが聞こえた。


「お久しぶりです、おねえさん」


おねえさん。その単語で、ああ、三兄様がおっしゃってた人ねと十三姫は思い至る。
楸瑛の憧れ、難攻不落な『おねえさん』。名は、華蓮といったか。
楸瑛が一度官吏となったことも、武官に転向したことも、当時筆頭女官だったこの女性が切っ掛けだと聞いている。

華蓮は、楸瑛の呼び掛けに、形式的な挨拶だけは簡単に述べたものの、相手にする気がないとでもいうように話を打ち切った。


「私も珠翠も、年中無休で脳内春色な四男の相手をする暇は生憎ございませんの」


それから室に人が近付く気配がして、十三姫は慌てて扉から離れた。


「お迎えにあがりました」


その言葉に、扉を開ける許可を出す。扉の先では、筆頭女官である珠翠の側に控えるようにして、華蓮と思しき女性が佇んでいた。
十三姫は思わず息を呑んだ。綺麗な女性だとは聞いていたが、これほどまでとは予想外だ。あまりに突き抜けているものだから、こんな女性が実際に存在するのか疑わしさすら抱いてくしまう。御伽噺のお姫様と言われた方が、よっぽど納得がいく。
兄様が拗らせるわけだわ、と十三姫は心の内でだけ溢した。

桃仙宮へ人目を忍んで移動するためか、その場に他の女官はいないようだった。
馬の手綱を、楸瑛は十三姫に手渡す。彼が一緒に来るのは、此処までなのだ。あとは後宮の人間に引き継がれる。


「妹を、よろしくお願いしますよ。おねえさん」

「まあ、春色四男もきちんと『お兄ちゃん』できるのですわね」

「おにっ……」


華蓮からそんな指摘が飛んでくるとも、そんな単語が聞けるとも思っていなかった楸瑛は、どきりと大きく心を跳ねさせる。
いかんいかん、己は珠翠殿一筋なのだ、と、きりりと顔を引き締めるのだが、目の前にいるのは、過去にその美しさと気高さに魅入り、若気の至りながらも当時は本気の本気で求婚までした女性である。その魅力は相変わらずで、自然頬は緩んでしまい、結局いつもの笑顔になってしまう。悲しい性だ。

十三姫は、そんな兄を肘で小突いた。

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空中三回転半宙返り土下座
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