試されて試されて 36
埃を吸いすぎないように、布巾の類で鼻と口を覆う。不審者軍団のできあがりだ


「けどよかったのか? 黎深はいまさらとして鳳珠も悠舜も服汚しちゃって」


濡らした雑巾で床をふけば、雑巾はすぐ真っ黒になった。うへぇ、ばっちい


「ああ。こいつが服を汚しているのに、俺が汚さずいるわけにもあるまい」


「だいたい掃除を櫂兎一人に任せては置けませんよ」


そう。黎深はというとこれ以上汚れないためだとか掃除なんぞするかと言って床でふんぞり返って座っていた


「黎深」


悠舜が声をかける


「…何もしないぞ」


そんな黎深を見て、悠舜が微笑んだ。目は笑っていない。ぞわりと背筋を何かが駆ける


「黎深」


もう一度悠舜が名を呼ぶ。それはひどく冷たく聞こえた


「……替えの水を、汲んでくる」


ここで妥協するといった風の黎深に、悠舜はまあ仕方ないなといつもの調子になって微笑んだ


「ありがとうございます」


桶を持ち外へ出る黎深

黎深の座っていた場所は、踏めば底抜けそうな床の薄さだった。それに気づき俺がひょいとそこに重みがかからないよう、しかし隠れるように大きめの棚を置く。
間違って体重でもかけて踏み抜いたら怪我をする。黎深もよく座っていられたものだ。杖をつく悠舜は尚更危険、もしかしたらそれが危ないから座っていたのかもしれない。


棚があった場所を掃除し終えても俺が棚を戻さないので、鳳珠は不思議そうにして棚を持ち上げ戻してしまう。俺がその場所を気にするように見るので、さすがに不審だったのだろう、悠舜はそのあと黎深が座っていた場所を杖でついと押し、何かに気づいた顔をした
そこに丁度水を汲み終えた黎深がやってきて元のように陣取る


「黎深、その場所…」


悠舜が何か言おうとするが、黎深は聞く気がないというように窓の外を眺めていた


その後、俺は適当に見繕ってきた板を打ち付けその場所の補強を行った。



掃除も済んで部屋も片付き、ぼろっちいながらも住めぬほどではない程度になったところで俺たちは息をついた


外を見ればもう夕暮れ、空腹を訴える音にもうそんな時間なのかと驚く


「流石にこのまま夕餉というわけにもいきません、体を洗ってきましょう」


「だな、ちょっと寒いが…水汲み場でいっか」


そうして水汲み場へ向かう。悠舜は少しやることがあるから後で行く、と言っていた


「うーん、冷たいな」


水に手をつっこんだ俺は言う

まあ真冬に外の水汲み場など、冷たいに決まっているのだが
これは予想以上にキンキンに冷えている。夕方時なのもあるだろう


「井戸の水ならそこまで冷たく無かろう、少し遠いがそちらへ行くか」


「ふん、冷たさがなんだ。頭から水をかけてやろうか」


そう言って水に手を突っ込んだ黎深も、その瞬間ぶるりと全身を震わせ何も言わず手を引いた。


「頭からかぶるなんて風邪をひいてしまいますよ」


そう言い何かを手にして悠舜がくる


「そうなると思って持ってきました」


そうしてその何かを水汲み場に投げ入れる悠舜。じゅうと音がして一瞬湯気が立ち上り消えた

焼き石か、流石悠舜。
水は丁度いいくらいのぬるま湯になる。それに安堵したのか黎深は思いっきり桶に水を汲んで頭からかぶった


「…馬鹿ですか?」


「まあ…天才と馬鹿は紙一重なんだよ…」


拭くものも持たず真冬にぬるま湯とはいえ水をかぶれば冷えて風邪をひくだろうに

ああ、でも馬鹿なら風邪ひかないかもしれない。


持ってきていた布を渡せば「いらん」の一言を残しそのまま宿舎へと黎深は帰ってしまう


余談だがその全身濡れ長髪をたらしふらふらと歩く人影が、廃墟同然の13号棟方面に戻っていくのをみた辺りの受験生たちは「やっぱり出るんだ…見た自分は呪い殺されるかもしれない」と恐れおののき泣き、あるものは悪霊退散の札の用意や祈祷を、ある者は命あってのものぐさと今年の国試をあきらめ帰宅を望んだんだんだとか

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空中三回転半宙返り土下座
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