緑風は刃のごとく 90
「それを何処で知った?」


『貘馬木』の単語を清雅が発した途端、彼の表情が変わった。尋常ではないその様子に、言葉に詰まりながらも、清雅は櫂兎から聞いたと告げる。
結果としては、『貘馬木』が何なのか、皇毅が詳細を話すことはなく、関わるなということを念押しされるだけだった。
どこまでなら関わっていないことになるのか、すでに手遅れな気もしながら清雅は数年前の件を話すことにする。


「……これは推測も混ざる話なのですが、どうにも数年前、その棚夏の元上司だという者が私の振りをして御史台で活動していたようで。
それも、その『貘馬木』とやらが官吏を辞めたであろう後に」


皇毅は額をおさえた。『貘馬木』とやらは、それ程に厄介なのだろうか。


「その後接触は無かったな?」


清雅がこくんと頷けば、皇毅は深く息を吐いた。


「心当たりはある。比較的『それ』は『貘馬木』でもマシな方の奴だ。結果として、悪いようにはならなかったろう」


確かに、あの手柄は当時の自分の出世の丁度いい踏み台に利用できた。余計のこと気にくわない。


「古い古い家だ。表には出てこない類の、裏ですら名を口にするのも憚られ、忌み嫌われるくらいのな。
もっとも、今となってはそう多くは残っていないらしいが」


それ以上のことを皇毅は話さなかった。少なくともあの過去の屈辱は、清雅にとっては忘れられぬものなのに。感情をぶつける相手をなくしてしまったようで、舌打ちしながらも己を誤魔化すように、清雅は現在担当の件に気を向けた。







「貘馬木殿ってなんて名前でしたっけ」


櫂兎は自邸に帰って早々問いかけた。


「あり、名乗らなかったっけ?」

「忘れました」

「ははー。お前ねェ……」


櫂兎を小突いて彼は名乗る。


「梦須。ゆめをもとむる、で梦須ってのォ」


へらへらと梦須は笑った。


「へー、わかりました。セーガ君に告げ口しときます」

「ホァッ?!」

「あれじゃ覆面どころか化けちゃってるじゃないですか。幼気な少年の心を傷つけて! もー、俺がやったと勘違いされたんですよ」

「んん? ン〜…ああ。もしかして、セーガって、陸清雅?」


怒ってるんですからねぇとむっすり唇を尖らせた櫂兎に、梦須は少し悩んでからポンと手を打った。


「そうです。全く何やってたんですか貴方」

「エェェ……温泉旅行を贈るなんて粋なことした素敵なムッシューさんにひどい言いがかり」

「矜持高い人間にはただの屈辱ですよ!」


梦須はちっちっち、と指を振る。


「利用できるものは利用するってのが、御史台で上手くやってくコツだろー? 時には矜持も捨ててさァ……。
あそこの奴って、割といいトコの貴族ばっかで変に矜持高くて、その癖実が伴わないから面白いほどすぐ傷つくんだよねぇ〜、マジ面白いのなんのってェ」


ケラケラと至極楽しそうに言ってのけた梦須に、櫂兎は絶句する。梦須はそんな櫂兎を見て、優しいねぇと口端を歪めた。



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空中三回転半宙返り土下座
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