緑風は刃のごとく 65
「あっれー、朝からこりゃまた豪勢なー」


眠い目をこすりながら起き出してきた梦須は、机の上に広げられた料理の皿の数々に目をまるくした。この品数は、ちょっと豪勢な夕餉並みだ。


「あっ、父様! おはようございますっ」

「おはよう、沙羅。今日も可愛いぞ〜」


くしゃくしゃと頭を撫でられて、沙羅はくすぐったそうに目を細めつつ、はにかむ。


「へへー、沙羅も棚夏さんのオベントーづくり手伝ってるの!」

「へえ、ってと これは、お弁当のおかずなわけかー」


ちらと皿に盛られた海老の素揚げに目線をやった梦須は、それをひょいと摘み食いした。
うん、冷めているのにパリッとした食感は揚げたてそのままのようで、味付けも絶妙。なかなかに美味しい。


「あーっ、父様勝手に味見したー!」

「あっ、シーッ沙羅、そんな大きい声だしたら棚夏にバレちゃうじゃん!?」

「へぇー、何がバレるっていうんです?」


にっこりと表面だけは笑顔を浮かべた櫂兎が、廚房から顔を出す。


「おはようございます。全く、貴方の朝餉はあっちに用意してますから、そっちを食べて下さい。こっちは貴方用じゃないんですから」

「えー、俺も俺も。お弁当ほーしーいー」


子供が駄々をこねるように言ってみれば、櫂兎に呆れたように鼻で笑われてしまった。まあ、仕方がない。素直に用意された朝餉の席へと向かった。




梦須が食事から戻ってくると、机の上に広げられていた皿は粗方片付いており、机上には代わりにドンと重箱が積まれていた。最後の段を、沙羅が今詰め込んでいる途中らしく、櫂兎は横で見守っている。

健気に、そして真剣に重箱と向き合い格闘している己の娘の姿に、梦須は感慨深くなった。


(あれ、もしかすると、もしかして? 茶州に帰ってから、沙羅がお弁当作ってくれるようになっちゃったり?)


そこまで考えて、いつの間にか己の顔が崩れているのに気がつき、慌てて整えた。かなりひとには見せられないものになっていた気がする。
決して見られたからといってどうしたというわけでもないのだが、万が一あの姪馬鹿兄至上主義の元上司と同類だなんて誤解されてはたまったものではない。アレとは流石に並べない。ついでに一緒にされたくない。


「あ、棚夏。朔羅は?」

「彼女なら、庭を見てくると仰ってましたね。…多分、中庭の、池の方だと思いますよ」

「うぃ。りょーかい、ありがとさん。沙羅、頑張れよ」

「うん、もうちょっとだもの。がんばる!」


意気込みにっこり笑った沙羅に、ひらひらと手を振り、梦須はその場を後にした。








「できたー!」


綺麗に詰められた最後の段を重ねて、重箱の蓋をしたところで沙羅は両手をあげた。櫂兎も一緒になって両手をあげては、沙羅とハイタッチする。


「うん、完成! 沙羅ちゃん、お手伝いありがとう」

「えへへー、どういたしましてー! お礼は三倍返しでいいよ!」

「ちゃっかりしてるな!」

「利子はといちね!」

「ぼったくり!?」


まさかの要求に、櫂兎は震え上がった。
おそるべし、さすがは貘馬木殿の娘さんである。これは将来が楽しみでもあり、怖くもあるな…なんて櫂兎が思っていると、沙羅に怪訝そうな目で見られた。


「……棚夏さん? 冗談だよ?」

「あっ、」

「そこまでがめつくないよ、私。手伝いたくて手伝ったんだもの。あ、でも、棚夏さんがお礼くれるっていうなら、ちょっとしたものでも喜んでいただいちゃいますっ」


えへー、と天真爛漫に笑みを浮かべた沙羅に、これはお礼せざるを得ないと櫂兎は思ったのだった。

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空中三回転半宙返り土下座
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