眩しさに目を細める。光の中に立つ人物が、一瞬華蓮に姿重なった。劉輝は箪笥から飛び出し、抱きつく。
「華蓮……」
掠れた声で劉輝は呟いた。
花の香りがする。梅…いや、桜だろうか、春先華蓮がよく漂わせていた香りと同じだ。
「うう〜華蓮〜」
ひしと抱きしめる手に力をいれる。彼女はこんなに小さかったろうか、いや、自分が大きくなったのだろう。それだけの時間が経ったのだ。世も人も、変化している。
変化といえば、心なしか、彼女の胸も小さくなっている気がする。……小さく、というより無いに等しい。ぺったんこだ。お饅頭のような柔らかいあの感覚がどこにもない。
何かが変だ。
「……あのー、陛下。誰かと間違えていらっしゃいませんか」
申し訳なさげなその声に、目をぱちぱちさせて、抱きついている人物の顔をみる。
ーー櫂兎だった。
劉輝は素早く身を離した。
「あわわわわ、余は、余はととととんでもない人違いを!」
「いえいえ。陛下はよく人をみてらっしゃいますね」
くすくすと笑った櫂兎に劉輝は少し不貞腐れた。
「皮肉かそれは」
「思ったことを素直にお伝えしたまでです」
そう言って嬉しそうに笑っていた櫂兎の表情は、ハッとした風に真面目なものへと変わる。
「陛下、申し訳ありませんでした。
気付かぬうちに、私が粗相を働いてしまったのでしょう。善処します故、あの時、逃げられた理由を教えてはいただけませんか」
「そっ、それは…」
劉輝は口ごもり、黙り込むが、櫂兎の視線に負けて口を開く。
「珠翠とそういう仲だったとは、知らなかったので、な。
考えてみれば、余は櫂兎自身のことを、ほとんど何も知らないというのに。知った気で、親しい気でいたのだ。だから、戸惑った。櫂兎のことを、知らないことが嫌だったのだ」
「お待ちください陛下! きっと、珠翠と私の仲は、陛下がおもわれているような仲ではございませんよ!?」
劉輝はむっと口を尖らせた。
「隠さずとも、余は気にしない故……それよりも、嘘をつかれることの方がよほど辛い」
「嘘ではないのですって! 彼女と恋愛沙汰なんてとんでもない!」
「では、どんな仲だというのだ」
むすっと不貞腐れた顔でみつめる劉輝に櫂兎は深く息をつく。
「彼女とは、彼女の幼い頃からの付き合いで。面倒をみてきた、とでもいえばいいんでしょうか。いわば彼女にとって私は、育ての親のようなもので、私にとって彼女は愛しい娘のようなものなのです」
「娘というには、どう考えても歳が近すぎると思うのだが」
「おや、そんなに若く見えますか?」
「櫂兎は一体幾つだというのだ…」
冗談っぽくおどける櫂兎に、劉輝は呆れ声でそう返した。
櫂兎はくすりと笑って、少し目を細める。
「きっと、陛下が思っておられるよりは歳ですよ。心は永遠の二十代ですけれど。
ともかく、彼女とはそういった関係ではありません。今回あちらに足を運んだのは、仕事の用事で、ですから」
櫂兎は一呼吸置いて、言った。
「どうか、信じてください」
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