緑風は刃のごとく 61
眩しさに目を細める。光の中に立つ人物が、一瞬華蓮に姿重なった。劉輝は箪笥から飛び出し、抱きつく。


「華蓮……」


掠れた声で劉輝は呟いた。
花の香りがする。梅…いや、桜だろうか、春先華蓮がよく漂わせていた香りと同じだ。


「うう〜華蓮〜」


ひしと抱きしめる手に力をいれる。彼女はこんなに小さかったろうか、いや、自分が大きくなったのだろう。それだけの時間が経ったのだ。世も人も、変化している。
変化といえば、心なしか、彼女の胸も小さくなっている気がする。……小さく、というより無いに等しい。ぺったんこだ。お饅頭のような柔らかいあの感覚がどこにもない。

何かが変だ。


「……あのー、陛下。誰かと間違えていらっしゃいませんか」


申し訳なさげなその声に、目をぱちぱちさせて、抱きついている人物の顔をみる。
ーー櫂兎だった。

劉輝は素早く身を離した。


「あわわわわ、余は、余はととととんでもない人違いを!」

「いえいえ。陛下はよく人をみてらっしゃいますね」


くすくすと笑った櫂兎に劉輝は少し不貞腐れた。


「皮肉かそれは」

「思ったことを素直にお伝えしたまでです」


そう言って嬉しそうに笑っていた櫂兎の表情は、ハッとした風に真面目なものへと変わる。


「陛下、申し訳ありませんでした。
気付かぬうちに、私が粗相を働いてしまったのでしょう。善処します故、あの時、逃げられた理由を教えてはいただけませんか」

「そっ、それは…」


劉輝は口ごもり、黙り込むが、櫂兎の視線に負けて口を開く。


「珠翠とそういう仲だったとは、知らなかったので、な。
考えてみれば、余は櫂兎自身のことを、ほとんど何も知らないというのに。知った気で、親しい気でいたのだ。だから、戸惑った。櫂兎のことを、知らないことが嫌だったのだ」

「お待ちください陛下! きっと、珠翠と私の仲は、陛下がおもわれているような仲ではございませんよ!?」


劉輝はむっと口を尖らせた。


「隠さずとも、余は気にしない故……それよりも、嘘をつかれることの方がよほど辛い」

「嘘ではないのですって! 彼女と恋愛沙汰なんてとんでもない!」

「では、どんな仲だというのだ」


むすっと不貞腐れた顔でみつめる劉輝に櫂兎は深く息をつく。


「彼女とは、彼女の幼い頃からの付き合いで。面倒をみてきた、とでもいえばいいんでしょうか。いわば彼女にとって私は、育ての親のようなもので、私にとって彼女は愛しい娘のようなものなのです」

「娘というには、どう考えても歳が近すぎると思うのだが」

「おや、そんなに若く見えますか?」

「櫂兎は一体幾つだというのだ…」


冗談っぽくおどける櫂兎に、劉輝は呆れ声でそう返した。
櫂兎はくすりと笑って、少し目を細める。


「きっと、陛下が思っておられるよりは歳ですよ。心は永遠の二十代ですけれど。
ともかく、彼女とはそういった関係ではありません。今回あちらに足を運んだのは、仕事の用事で、ですから」


櫂兎は一呼吸置いて、言った。


「どうか、信じてください」

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空中三回転半宙返り土下座
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