緑風は刃のごとく 57
「ちなみにこの話の落としどころはといいますと、華蓮様についた悪い虫は、華蓮様が後宮を去られて華蓮様からは離れたのでございますが…虫自身は健在であるというところにございまして…」


言葉の最後に近付くにつれ、言葉に棘や怒りがまじり、その悪い虫を思い出したのか般若のような険しい顔になった奈津に、劉輝は顔を引きつらせた。


「か、顔が怖いぞ奈津…」

「あら、私としたことが陛下の前で。失礼致しましたわ。おほほほ」


コロッと表情一転させ、奈津はいつもの慈愛に満ちた微笑みを浮かべる。その豹変っぷりが逆に恐怖を煽る。
劉輝が震えているのにも気付かず、奈津は声のトーンを明るくして、別の話題にうつった。


「そう、噂の真実についてですけれど」


真実。その言葉に劉輝は恐怖もすっ飛び、次の言葉はまだかと息をのむ。


「少なくとも、旺季様と四男様に関しては、噂でしかないと言い切れます。いえ、あの方々は好意を向けてらっしゃったのでしょう、けれど、華蓮様からそれに応えたという話はききませんでしたわ。恋仲ではなかった、と言えると思いますわ」


無意識に、ほっと息がもれるのがわかった。自分はそのことに安心しているのだ。そして同時にできた引っかかりについて、問う。


「……父上に、関しては?」


奈津は、少しの間沈黙し、静かに口を開いた。


「分からない、と答えるのが正しいのでしょう。先王様との噂に関しては、当時、華蓮様の前では触れないことが暗黙の了解でしたし、華蓮様も、話題にすることはありませんでした。
そもそも、華蓮様の筆頭女官という立場上、その仲がどうであれ、彼女は先王様のもの、ですから」

「……」


自分の、ものではなかった?
ふと、過去に華蓮が、確かに自分の世話係となったのは、父の指示だと言っていたことを思い出す。頼まれていなければ、彼女は自分を見つけてくれていただろうか。

……考えても、無駄だろう。
彼女は確かに自分を見つけてくれたし、自分を、劉輝を、大切にしてくれた。それに嘘偽りはないだろうし、彼女の優しさは頼まれただけが理由じゃないだろうから。

自分の中で、整理して、不安を片付けて。劉輝は奈津の話の続きに耳を傾ける。


「とはいえ、その筆頭女官という立場に、色恋や世継ぎを産むという意味合いは薄かったですね。先王様には王妃様も複数いらっしゃいましたし、華蓮様が筆頭女官となる頃には、後宮に足を運ばれること自体が滅多にありませんでしたから。女官達の役割には、王妃様やご子息様方の世話係という要素の方が強かったのです。

今思えば、先王様以外の相手との華蓮様の恋を応援、なんて、とんでもありませんね。不敬罪で処刑されてもおかしくないのに、当時はそれがゆるされて。まあ、あくまで後宮内での出来事で、表沙汰になることがなかったからでしょうが」


奈津はそう言って、少し視線を外して目を伏せたあと、くるりと劉輝に向き直る。


「参考に、なりましたか?」

「え、ああ。ありがとう」


こくりと頷いた劉輝は立ち上がる。随分と、長く話をきいていた気がする。結局真実までは分からなかったのは心残りだが、新たな噂はきけた。……珠翠は、知っているのだろうか。

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空中三回転半宙返り土下座
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