緑風は刃のごとく 55
「ご存知ないのも無理ありませんわ。劉輝様が王位に就かれる前は、劉輝様、こちらにいらっしゃることも少なかったでしょう?」


少なかった、のだろうか。そこまではよくわからない。が、ここに訪れるよりもずっと、華蓮が自分のところに来るのを待つのが多かったことは確かだ。


「なら、その、奈津は華蓮について知っているか?」

「華蓮様!?」


今度は奈津が驚きの声を上げる方だった。驚きというより最早叫びのようだったが。突然目をキラキラとさせて、今直ぐにでも何かを話したそうな様子を見るからに、華蓮を知っているらしい。


「こっ、こここ、ここで話すのも何ですから劉輝様。そこの室でお話しましょうか」


奈津は話したくてたまらないのか、表情を崩し何かを耐えるように震えている。そんな奈津に頬を引きつらせつつ、確かにこの場所でこの様子の彼女を語らせてはまずいだろうと劉輝は指された室に場所を変えることにした。








「華蓮様は素晴らしい方でした! 今でも私の憧れですっ!」


室に入った途端そう切り出し、堰を切ったようにべらべらと話し始めた奈津に、劉輝はポカンとした。彼女は、どうやら随分と華蓮を慕っていたらしい。いや、彼女だけでない。かつて、後宮にいた者たち皆に、華蓮は愛されていたようだ。

それが喜ばしいような、自分だけの彼女でなかったことがさみしいような、そんな気持ちでこくこくと話をきいていた劉輝はハッとする。ここには、噂の真相をききにきたのだ。彼女の、恋の噂の真相を。


「なあ、奈津。その、華蓮の恋の噂について、なのだが」

「華蓮様の! ああ! ……後宮というのは、噂の多い場所なのです。必ずしも真実とは限らないことを念頭に、しかし、根も葉もないところに煙も立たないということを忘れずに、おききくださいまし」

「う、うむ」


結局それは真実なのか、噂なのか。……まずはきいてみる他ないだろう。


「華蓮様の恋の噂のお相手は、三人ほどいらっしゃいました」


三人。先王の存在以外に、噂の相手がいたことに劉輝は目を見開く。

しかし…彼女の魅力は、自分もよく知っている。好かれて噂が立ってしまうというのは、あり得る話だ。なら、彼女からは? 彼女は、どうだったのだろうか。

劉輝の思考を他所に、奈津は話を続ける。


「一人は、先王、紫殲華様。まだ、華蓮様が後宮に入って間もない頃でしょうか。長らくこちらにいらっしゃることのなかった殲華様が、華蓮様を訪ねてこられたのです。それから噂が囁かれるようになりました。これが、一人目」


ごくりと劉輝が息を飲む。後宮入りしてすぐというのは、まだ、筆頭女官にはなっていない頃。その時期に訪ねたというのは、その頃から、彼女らは知り合いだった? それとも、偶然?


「二人目は、旺季様。彼とは、親しくされていたそうで、書簡のやりとりをよくしてらっしゃいました。
後宮の当時の女官たちは、彼との仲を応援する者が多かったですね」

「むぐっ」

「ふふ、華蓮様は否定してらっしゃいましたけれどね。とても仲睦まじくて…でも、結局、求婚はお断りになったと、おっしゃっていましたわ。理由までは話して下さいませんでしたが」


ホッとした顔をする劉輝に、奈津はまた小さく笑った。



55 / 97
空中三回転半宙返り土下座
Prev | Next
△Menu ▼bkm
[ 戻る ]
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -