リオウが小さく溜息をつき、空になった茶器をそっと急須の方へ寄せた。要はおかわりの催促だ。
気に入ったのだろうかと考えながら梦須が茶を注ぐ。リオウはそれに満足した風に口元をゆるめた。それから口開く。
「共通の知人をあたらずとも、その華蓮という人物を知っていればいいんだろう。
なら、当時彼女と共にいた女官に話をきけばいい。
いくら先王崩御の後から人員が変わっていると言っても、全ての人間がいなくなったわけじゃない。古株、それこそ、今の筆頭女官なら詳しいんじゃないか?」
リオウの提案に、梦須はパチンと指をならした。
「おおーその手があったなー っていっても俺がききに行けるはずもないから、これは劉輝担当だな」
「余が訊くのか?」
驚き顔の劉輝に、何驚くことがあるんだと梦須は腕を組む。
「当たり前だろ、後宮は王の庭。適任じゃないか」
「梦須も一緒に……」
「はは、俺は幽霊みたいなものだぞ、論外論外。死者が生きた人間と会話できるかよォ」
「今、しているではないか」
指摘されて、梦須は一瞬、顔から表情を消した。一瞬で冷えてしまった空気に劉輝が少しの怯えを抱きかけたところで、梦須はパッといつもの彼の顔をする。
「今は特別出血大奉仕! とにかく、無理なものは無理」
「う、うう〜…」
唸りをあげても、梦須はにこにこと笑顔のままだ。劉輝は机に突っ伏し、縋るようにリオウにも視線を向ける。が、彼もまたしてもお断りといった雰囲気で、首を横に振るのだった。
夜の茶会での会話から、昼下がりに後宮へと赴いた劉輝は、筆頭女官である珠翠の姿を捜した。ーーが、いない。
(忙しいのだろうか)
劉輝がそうして、一体どうしたものかと難しい顔をしていると、近くを通りかかった女官がそれに気付いたらしく、声を掛ける。
「どうされましたか、劉輝様」
少し心配そうな顔をしたその女官は、劉輝も多少は見知った人物だった。
「奈津」
名を呼ぶと、彼女は目をぱちくりさせてから、ふわりと蕩けるような笑みを浮かべた。
「覚えて頂いていたなんて、恐縮です。本日はどのようなご用事ですか。何かを、探しておいでのようでしたが」
「ああ、珠翠にききたいことがあって……」
「まあそれは、間の悪い。実は先程、来客がありまして。その方のお相手をしてらっしゃるのです。お急ぎでしたら、今よんでまいりますが」
「いや、そうか。ならいい」
仕方がない、出直すかと踵を返しかけた劉輝を奈津が呼び止めた。
「あの、私に答えられることでしたら、ご相談下さいませ」
「……奈津は、ここに勤めて長いのか?」
「え、ええ。他の者と比べれば、長い方ではあるでしょうね。かれこれ、二十年程になるでしょうか」
顎に手をやり、何やら思い返すように奈津は告げる。
「にじゅっ!?」
予想以上の年数に、劉輝が目をまるくする。二十年といったら、もちろんあの王位争い前からであるし、珠翠よりも長いのではないだろうか。彼女がそこまで古株だったとは、今まで思ってもみなかった。
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