「冷めないうちに食べようぜ」
「そうですね」
「ああ」
そして各々小皿に料理をとりわけ食す。
さっきまでいた受験生たちの喧騒がないので、非常に静かな4人だけの食事空間だ。
「美味しいです…意外ですね、櫂兎がこんなに料理上手なんて」
「意外ってなんだよ。まー1人暮らし長かったもんだからこういうのは得意だな」
何せ彩雲国にきて約十年、実年齢は三十路をこえた俺である。見た目は全く変わらないが
するときょとんとして言う悠舜
「1人暮らし、ですか? 家人や侍女はいないんですか」
「鳳珠や黎深みたいな貴族じゃないし、そんな金ないって」
「………隠し花菖蒲」
「へ?」
つい、と俺の首元を指でなぞる悠舜
「ここ、花菖蒲の模様が分かりにくいですが確かに入ってますよね」
げ、目ざとい…
その話に鳳珠が反応する。
「あの隠し花菖蒲印の服か。確かに様式が変わっているとは思っていたが…」
「鳳珠も知ってんの」
するとまさかの黎深までが口をひらく
「隠し花菖蒲印といえば貴陽名物にも数えられているではないか。
それを取り扱う服屋は一つしかないというのに、隠し花菖蒲の服は買った者が噂する品ばかり、競りに出されれば高値が必ずつくというし認知度は高いな。しかしお前が何故そんなものを着ている」
さらに言う悠舜
「これだけじゃなく、昨日きてた服にも。もしかしなくとも他にもあるんじゃないですか?」
すると食事を終えた風の黎深が悪ノリして俺の荷物を解き、あさりだす
「おいバカ、黎深、やめろって」
「ふん、それもこれもさりげなく花菖蒲模様がついているな」
「これだけあれば屋敷一つ楽々買えるんじゃありませんか」
まるで苛めっ子のようにニヤニヤとする黎深とニコニコとする悠舜。
「しかしよくこの服持ち込み許可されましたねえ」
高価なものはいざこざおきやすいし没収の対象になりやすいのだ
「それはまあ…目を凝らさないと模様には気づけないし、だいたい持ち物検査してる人鳳珠みて頭花畑状態みたいだったし」
「それはそれは。気づかれればひと騒動ですよ、一つですら目にするだけでも滅多にないこの品をこんなにたくさん持っているなんて、何処の大貴族のご子息かと驚かれるくらいの金持ちの所業でしょう。なのに櫂兎は一般庶民ぶっているし1人暮らしなんて。変ですねえ」
「この服は…その、商品になる分じゃなくて試作品なんだ。その隠し花菖蒲の服屋の主人と知り合いで、着心地とか支障ないか確かめてくれるよう頼まれ半分に服貰ってんだよ」
自分がデザインしていることは伏せる。嘘は言ってない。
へえ、としかし納得していないような三人の顔に「1人が好きなんだよ」と半ばヤケクソに言い、無理やり話をそらす
「しかしこうやって共同生活するんだ、家事分担して交代にやっていこうぜ。他のやつら別の棟にうつっちまったってんなら全部四人で回さないとだし。え〜と、食事に洗濯……」
不服そうにしつつも必要な話なので不平不満は言わず話し合えた
「よし、じゃ、俺食器洗ってくるから」
だいたいのことが決まり、また話が元に戻りそうになったところで俺は逃げ出した
「どう思う?鳳珠」
黎深が悪戯の相談をする子供のように顔をニヤつかせ鳳珠に問う
「どうもこうも、本人が言いたがらないというのは知られたくないということなのだろう。無理にきくこともあるまい」
呆れた風な鳳珠に続いて悠舜も言う
「意外とその店主と親類だとか、名家の御曹子が母方の苗字名乗ってるとかそういうのでしょう。棚夏なんて珍しい苗字ですし、案外偽名かもですね。まあ、待っていればいつか話してくれますよ」
いつか。それはとても遠い先のことのような気がした。
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bkm