蘇芳の去った長官室で、皇毅は冷ややかな声にどこか呆れを滲ませて櫂兎に言う。
「何だあのふざけた呼び名は」
「私がつけたんじゃないですよ」
たんたんたぬきのタンタンくんなんだそうです、と、神妙な顔つきで言う櫂兎に、皇毅はそれ以上言うのをやめた。それから、櫂兎が蘇芳に最後に告げたことを思い出し、訊く。
「紅秀麗がこの件を嗅ぎつけているなどという話は、清雅の報告ではきていないが」
「これからの話ですよ」
秀麗はまだ、塩に白砂が混ざっていることには気付いていても、動き出してはいなかったはずだ。
「関わってくる、とでもいうのか? 自分が官吏を続けられるかも怪しいこの時にか?」
「彼女のことですから」
皇毅はそれをきいてひとつ鼻をならした。
「つくづく吐き気のする甘さだ。……お前、紅秀麗とは既知の仲だったらしいな」
「セーガ君情報ですか」
顎をくいと動かしこたえた皇毅に、櫂兎は肩を竦めた。
「長官に私事の交友関係までとやかく言われる謂れはありません。それに、私事私情はなるべく仕事に持ち込まない主義です」
「見上げた精神だな」
皮肉混じり…というより、皮肉でしかない言葉を、皇毅は冷ややかに言う。優しさが足りない、などと言ったら、甘いだけだと言われてしまうのだろうか。甘さ、優しさ、真面目さ、正しさーー本当に?
要らない? 邪魔になる? そこに計算や打算が加われば、それは何?
(……気が沈むだけだ、やめておこう)
櫂兎はそれ以上突き詰めるのをやめる。それから、少し気になっていたことを問うことにした。
「そういえば、伺いたいことがあったのですが。長官は、冗官一斉処分が近々行われることを、ご存知だったのではないですか?」
「宰相会議での決定内容は、確かに送られてきていたが。それがどうした」
「いえ、私が言いたいのは、宰相会議で決定する前、のお話ですよ」
にこりと微笑んでみれば、皇毅は何かを見定めるように目を細める。
当たり、だろう。それならば、なにとなく合点がいくのだ。
「セーガ君への指示は、鈴将と同じ場でしたとは考えにくいですし、あの場では冗官処分についてだけ言い渡したとみるのが自然でしょう。
セーガ君にはもっと前に、詳細を言い渡していた。違いますか?」
「ほう? それが先の宰相会議での決定以前だとでも言いたいのか?」
「ええ。彼の行動はあまりにも首尾がよすぎる。まるで予め、……それこそ、半月ほど前から用意を整えていたかのようだ。二日三日でできるようなものじゃない」
「推測で語られてもな」
余裕の態度を崩さずに、皇毅が鼻で笑うところを櫂兎は畳み掛ける。
「冗官一斉処分は宰相会議で通す予定だった、それを長官は予め報せられていた」
「証拠もない、話にならん。戯言だ」
そこで櫂兎は、口端をにぃと吊り上げる。
「その証拠がある、といったら、長官はどうしますか?」
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