「話を変えるが、この件の――」
塩に白砂が少量ながら混ざっている件、その流通ルートの書類を広げ、話を始めようとした皇毅を櫂兎は制止した。
「私はまだ副官補佐ですよ?」
「ここまで関わっておきながら、何を今更」
「……ごもっともで」
手伝ったのは失敗だったか、と櫂兎は額をおさえる。
そのときだった。長官室の扉を叩く音が、室内に響いた。
皇毅と目を見合わせるが、もちろんどちらにも、こんな時間の訪問者の心当たりはない。とはいっても、ここは御史台。予告ない長官への訪問や案件に関する打診は珍しいことではない。そう気を張ることもないだろう。
櫂兎が机上の燭台を一つ手にして扉を開けると、そこには何かを決心したような表情をした蘇芳がいた。彼は真っ直ぐに長官の方をみていて、此方を視界にもいれてない。……ちょっとショックだ。彼が緊張しているせいだと思っておこう。
蘇芳を確認した皇毅は、彼を威圧感で殺さんばかりの様子で口を開いた。
「用件は手短に言え。いっておくが、父親の助命嘆願はするだけ無駄だ」
相変わらずの冷ややかな声と、蘇芳の方を見向きもしていない皇毅を目の当たりにして、櫂兎は蘇芳にそっと同情した。
「……あのー、手持ちの札くらい、きーてくれないんデスカ」
「ほう?」
その一言で、初めて、皇毅が興味を引かれたかのように顔を上げる。
「言ってみるがいい。紅秀麗の弱みでも掴んできたか」
「もう、長官。そんなにおどかして、タンタンくんが可哀想じゃないですか。貴方ただでさえ愛想悪いんですから」
櫂兎の声に、ぎょっとした風に蘇芳は首を横に向ける。そこで蘇芳は初めて櫂兎の存在に気付き、目を大きく見開いた。
昼間のことや、長官へのあの物言いやで、疑問がたくさんなのだろう、悩ましい顔を隠しもせずに櫂兎のことを探るような視線に、櫂兎は笑顔をひとつ返し、蘇芳のいう『手札』とやらを示すように促した。
蘇芳の『手札』を一通りきいた後、彼をどう使うかという話になったところで、櫂兎は耐えるに耐えられず、思わず提案してしまっていた。
「塩屋さんに賃仕事に行ってもらいましょう」
「は?」
何を言っているんだ、という顔をする蘇芳を放っぽり、皇毅と櫂兎の間だけで話は通じているらしく、とんとんと進み まとまっていく。事態が分からないまま、蘇芳は賃仕事にいく店の地図と指示を渡された。
「秀麗ちゃんがもしも店を訪ねてきたら、教えてくださいね。することを新しく用意しますから」
「はあ」
蘇芳には何が何やらさっぱりである。しかし、やらねばなるまい。悲しきかな、自分にはそれしかないのだった。
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bkm