心配無用なしっかり者の楊修はいいとして、気になる二人についてを重陽にきき、櫂兎はどこか呆れた心地がした。あのワガママ大王な友人にも、困ったものである。
と、長官室の方から、終わったのかと問う皇毅の声が聞こえる。
……この、話が一応はひと段落したタイミングで、こうして聞いてくるということは、言葉までとはいかないまでも、副官室の音くらいなら拾い聞いていそうだ。
壁の向こう側で張り付いてでもいたんだろうかと、櫂兎は冷や汗を垂らした。普通に怖い。
「あ、終わりました」
「……終わってたんだ?」
重陽のいまひとつしまらない言葉に櫂兎は苦笑いして言った。それでいいのか、一応仕事だぞ、などと心中つっこみつつ、自分もどこか気持ち緩んでいることは否めない。気を引き締めなければ。
重陽の言葉をきき、室に入ってきた皇毅は、逆に重陽を呼び寄せ、部屋の隅で何か話し始めた。一人放置された櫂兎は、唐突な除け者感に頬をひきつらせる。
机の上の書類を見ているふりをして、話す二人の会話をききとろうと耳をすませるが、流石は御史台長官というべきか。密談に慣れているのか、皇毅の言葉はききとれない。逆に重陽の言葉ばかりが耳に入ってくる。
『それは難しいと思いますよ?』
『……ええ? 確かに、この件について知っている者は吏部でも少ないですが。』
『……はい、査定中には公にはなりません』
『……はあ、……うーん、まあ、やってみますが、期待はしないで下さい。はい、頼まれました』
一体何の話か、さすがにこれだけでは分からないが、皇毅が彼に、何か内密な頼み事をしたことだけ分かった。
話はそれで終わったのか、二人は櫂兎の方へ寄ってくる。
「では、お疲れ様でした。この度の結果と、いただいた書類で上に判断を仰ぎます。
大きな実績のなさは、……まあ独断で新人を侍郎起用した例もありますし、平気でしょう。通ると思いますよ」
重陽はそう言って、腕の中の書類をぎゅっと抱え直した。
「そうだろうな」
皇毅は素っ気なくも言い切る。それを聞きながら、重陽は副官室の正面扉前に立った。打って変わっての凛とした佇まいで、目は真剣なものだ。
「それではこれで、失礼します。
ーー棚夏殿、頑張って下さいね」
「……ありがとう」
櫂兎の言葉に笑みを返し、重陽は室を出て行った。
重陽の出て行った扉をしばらく見つめていた櫂兎に、皇毅は後ろから声を掛けた。
「さて。ーー仕事だ」
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bkm